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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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あなたの一番愛する人が、

※ドロドロ次男一家






記憶の中の彼の人は、シルクのカーテン越しに陽光を浴びた、聖母のような人だった。
(脳裏に焼き付いたあの女は、夜の帳に私の大切な人を奪った)

緩やかに表情を変え、時に子供のように笑う彼女が、傍らにいるだけで満足だった。
(私の手からダイヤモンドを取り上げておいて、被害者ぶるあの女さえいなければ)



妥協と享受と冷徹さを押し付けられたあの家で、初めて世界の全てと思える人に出逢えた。
(アイツは家にいないのが当たり前で、いつしか愛されることを諦めていった)

何度離れたって、彼は私の元に戻ってくるのだもの。
(逃げ出した、とアイツは言っていたけれど、アイツは盤上に立ってすら)


――――


ドクドクと注ぎ足されていくワイン。
まるで血を溶かしたようなそれは、戦人の持ったボトルが垂直に戻ると同時に、留弗夫の喉に吸い込まれた。
もちろん庶民では到底お目にかかることすら困難な代物だが、右代宮にしたら、平日に男同士が飲み交わす程度のものだ。

「んだ、てめーは飲まねぇのかよ」

空になったグラスを戦人の前にやると、いっひっひ、と下品な笑いをしながら再び父親のグラスにワインを注ぐ。

「息子の歳も忘れたのかよクソ親父」
「……ああ? お前こないだ呑んでたじゃねーか」

確かにそうだが、だからと言って未成年の息子に飲酒勧めるなよ、と内心毒づく。

「あ~そうだったかぁ? いっひっひ、じゃあ、今夜は気分じゃねーんだよ」
「は、お前セリフがエロい」
「どこがだよ、気持ち悪い。そーゆーこと言うなら女に言えっつーの。あんたのことだ、どーせ愛人の二、三人、いるんだろ?」

そう言いながら、戦人は留弗夫が一人で空けてしまったワインの代わりを取りに行く。

「まあなあ」

ポン、とコルクを外す乾いた音。

「……やけに口が軽いな。もう酔ってんのかよ。それとも霧江さんがいないからか?」
「お前から話振ってきたんだろー」

ボトル一本も飲めばそりゃ酔うか、もう少し強いと思ってたんだけどな――と明らかに饒舌になった留弗夫を眺める。
何にそんなに興が入ったのか、彼は更に喉に音を立てる。
あまりの飲みっぷりに、また追加を取りに行かくては、と考えながら、戦人は口端を吊り上げる。

「せっかくだからよぉ、親父様の武勇伝ってやつを聞かせてくれよ、現在進行形のやつだぜ?」


――――


「まあ、こんな感じでした」

戦人は、目前の女性に二日前の出来事を話す。

「ありがとう、戦人くん。探偵役を買って出てくれて嬉しいわ」
「いやぁ、こんぐらいなら。調子乗って自分も飲まないように頑張りましたけど」

いい酒なのに勿体ないです、と笑う。

「ふふ、未成年がお酒に誘惑されちゃだめよ」
「う……、あー未成年だからっすよ、こういうのは。あ、これ。親父の寝てる隙にくすねときましたんで」

戦人は小さな紙束を取り出す。
それは名刺だった。
所謂、「そういう店」のものから、取引先のOLからその他、女と思わしき名があるもの全て。
名刺と言っても、サラリーマンの差し出すような堅苦しいものばかりでなく、大概は可愛らしいメモにアドレス(大袈裟なまでの丸文字で)が書かれているものだったりする。


ここ数日、霧江は単独で出張に出掛けていた。
正直、働く二人にとってそれは珍しくもなんともないのだが、だからと言って何も警戒せずに女たらしの夫の元を離れるほど、霧江は馬鹿ではない。
留弗夫の直属の部下達に頼んではいたものの、どうせいかがわしい店にはそいつらも連れてくんだから、当てになったもんじゃない。

絶対に、握り潰さない人間を監視に……と考え、白羽の矢を立てたのは義理の息子。
但し本当のことを言えば、彼は父親同様自分も憎んでいると思っていたから、受けてくれるかは賭けだった。

(時折、濁った瞳で私を見る。私のそれも否定しないけれど)

けれど実際は監視どころか、酒を飲ませて今の異性関係を吐き出させる、なんてことを自主的にやってくれた。

「それにしても、最近少し甘くした間に随分付け上がったわね。私が飲ませても、警戒されてろくに喋りもしないから見過ごしてたわ」
「……俺相手に警戒しない、アイツの面の皮破ってやりたいですよ」

自分の六年間はいったいなんだったのだろうか。
酒に酔っていたとはいえ、自らの不倫に激昂して家出していた息子に、よくもあんなにつらつらと武勇伝を語れたものだ。
再燃しそうな怒りを堪える為に、引き結んでいた唇を開く。

(ジリジリと侵食する、弱い炎の方が痛いと知っていたけれど)

「それ、どうするんすか」
「そうね、一つ一つ検分して、怪しいものは本人に問い詰める。あなたが聞き出せた分は、直接相手に会って話をつけるわ」

話で終われば幸運だけどね? と目元を緩める。
悪魔的ながらも穏やかにも見える笑みに、心底感嘆した。

「ひゅう。霧江さんカッコイイぜ」
「うふふ、ありがとう。ちなみに今、どうやって留弗夫さんにお仕置きしようか考えてるところよ」
「いっひっひ、それは俺もぜひ参加させて欲しいっすね。あの憎たらしい顔が歪むなら、見学だけでも」

そう口にしながら苦笑する。
けれどその表情は、けしていつもの軽口に留まっていないことを見せ付けていた。

戦人の言葉に霧江は目を細めると、腰を上げ、対面のデッキチェアから戦人のいるソファへ移動する。
躊躇なく隣に座ると、壮絶な笑みで胸を寄せてくる。
え、と漏れた声を無視して、紅い髪を一束掬い上げる。
夜のように真っ黒な瞳を困惑に瞬かせるのを、おかしい、とでもいうように笑う。

「ねぇ戦人くん? お仕置きっていうのはね、何も肉体的苦痛を味わせるだけじゃないのよ?」
「あ、あの」
「くす。大丈夫よ、この先の展開は、あなたが考えてる通りだから。ねぇ考えてもみて? あの矜持の高い留弗夫さんが、最愛の妻と息子がそんなことになってるって知ったら……死ぬほど殴り飛ばすより、面白い顔が見れると思わない?」

最初は冗談だった。

(彼があまりにも顕著に夫への憎しみを抱いていたから)

けれどそれは、多くの意味で最高の手段だと気付く。
目には目を、歯には歯を、ってね。

(ああ、最愛の、なんて言ったから、あなたは怒るかしら)

反駁するつもりだったのか、口を開こうとする戦人を抱き寄せる。

(拒否権なんてないのよ?)

自分の大嫌いな右代宮明日夢。
霧江の腕の中にいるのは、その女と愛する夫の息子で。
彼女が育てあげた、この留弗夫の分身を、この自分が奪うという意味。
それは、あの日霧江から全てを奪った、あの女への復讐でもあるということ。

それだけじゃない。
留弗夫に対しても、これには単なる「お仕置き」以上の意味がある。
なんて素晴らしい手段なのだろう。

「ねぇ戦人くん」
「そりゃあ、確かに最高の復讐っすね」

絶え間なく揺れ動いていた漆黒の瞳は、いつの間にかこちらを寸分の動揺なく見つめていた。
芯まで冷え切ったそれは、彼の赤い髪との対比で更に深淵を増し、絶対零度とも思しき微笑に映える。

ゾクリ。
背中を這うのは言い得ない衝動と背徳と回顧(そして懐古)。

「でもいいんすか? 霧江さんは、俺のこと嫌いなのかと思ってたんですけど」

戦人が尋ねる。先程とは別人のように、余裕をかまして嘲笑うかのように。

(ああそうよ、この子は本当は、こんな感情表現をする子で)



六年前。
葬儀場で、なんて不謹慎極まりない場所で再婚相手として紹介された。
最初は強い口調で、激しく責め立てていた彼は、のらりくらりとしか言い返さない父に、途中から嘲笑をまじえて言い放つ。

『霧江さんとお幸せに。さよなら、二度と帰らねぇから心配するな』

質素な喪服を身に纏い、さよなら、と呟いた彼は。
本当に六年間、顔も合わせることはなく。
分家とはいえ、仮にも右代宮を冠する家の長男として産まれた彼が、その財産と権力、なにより「家族」を棄てて六年もの間、家を離れていた。
最初の内は、そのうち諦めて帰って来るだろ、と高をくくっていた留弗夫の方が、最終的には慌てる始末。

幼い戦人より、留弗夫の方が感情的で。
気付くには、十分だった。
戦人の「普段」こそが全て演技だったと。ドライな振りして実は熱血漢で、人当たりが良く、そこそこ要領は良いのに肝心なところで甘い、とか。
そんな人間を戦人は自分で「作り上げて」いるのだと。

そして、それはきっと彼から見た父親で。

(夫が帰って来ないと嘆く、母親の為に)

だから戦人の本質は冷めていて、こうやって冷徹に、目的の為に全てを笑って棄てられる人間。
家も金も要らないし、倫理なんて泥の中に放り込めば、ほら、醜い自尊心と同じもの。

(そう、……彼はどちらかといえば、私に似ている)

須磨寺なんてものとうの昔に捨てて、留弗夫の愛人として生きるつもりだった。
場合によれば明日夢を※すことも考えたし、

(そもそも戦人くんにこの「復讐」を持ち掛けたのも私で)

「俺は、何故か霧江さんは怨めなかったけど」
「ふぅん、留弗夫さんにはあんなに怒ってたくせにね?」
「そうなんですよね」

体勢を変えようと戦人が動く。……狭い。

「……場所、変えません?」
「そうね。縁寿が起きて来ても困るわ」




「……私も、あなたは嫌いじゃなかったわ」

(あなたにそこまで愛される、明日夢に少し嫉妬するくらいには、嫌いじゃなかった)


――――


縁寿とじゃれあっていた戦人が、妹を寝かし付けた後、酒を飲まないか?と言った。

三ヶ月前、霧江が出張に出ていた日。
留弗夫が持ってきたワインに、なんでそんな高いもん出して来るんだ、と驚いていた。

……仕方ないだろう、嬉しかったんだ。

決して自分と二人きりにはなりたがらなかった息子が、少しだけ歩み寄ってくれた気がして。
普通なら、未成年が堂々と飲酒に親を誘うな、と叱るべきだったのに、それも忘れてしまうほど。

(結局、誘った本人は飲まなかったけれど)

赦された、なんて思っちゃいない。
歪みが大きすぎたのだ、分かっている。

(でも、なぁ)

これから正せるかもしれない。
そんな希望を抱けたのは、間違いじゃないよな。
途中から酔って覚えてないけれど、チャンスを今度こそ逃すまいと、会話を絶やさないことに必死だったと思う。

(戦人が聞いてくれるのが嬉しくて。そういえば、ろくな会話すら昔はしてやれなくて)

あの日以来、戦人は良く帰ってにくるようになった。
おかげで縁寿が、お兄ちゃんのお嫁さんになる! とか言い出したのは気に食わないけれど。
これでいいんだ、これで。

「お父さん? おかえりなさい!」

リビングの戸を開けると、六歳の娘がいた。

「縁寿ぇ? お前、こんな夜中に何やってんだ」
「ミルクのみにきたの」
「そんくらいメイドに持って来て貰え。つーか寝ろ。霧江は?」

いつも自分が帰るまで待っていてくれる妻の姿を捜す。
まあ、自分も今日は帰れないと言っていたから、もう寝てしまったのだろう。

「ねむってるよ」
「そうか」
「だってばとらお兄ちゃんがきてるから」

戦人? ああ、今日も帰ってきたのか。
だが何故それが霧江と繋がるのだろう?
留弗夫は頭を捻った。

「なんだ、戦人が来たから三人ではしゃいで疲れたってか?」

(いや、戦人はともかく霧江はないよな?)

「ちがう、あのね」

縁寿は留弗夫に、屈んでと身振りをする。
娘に従い、腰を屈めると、あのねあのね、と内緒話をするように耳元で囁く。

「お兄ちゃんとお母さんは、いつもいっしょにねむるんだよ!」



……貴方ハモウ、私達カラ逃レラレナイ。



――――



「ねぇ戦人くん? 私は、明日夢さんが大嫌いなのよ」
「俺もあのクソ親父が大嫌いですよ」



あなたの一番愛する人が、私は一番憎らしい。そう囁き合い抱き合えば。
(それでもそれは愛ではないのです、多分)

End


――――


November.17.2009


◯倫もの好きでごめんなさいw次男一家はもっともっとドロドロになればいいよ。
(移動作業時点追記:留弗夫さんが言うには実の親子ってことらしいので、更に萌えます)

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