桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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召喚師と魔女のイヴ
サンタクロースがやってくると、彼女が信じていたのはいつまでだったか。
いつまで……ではない。彼女は今も信じている。
どこまでも純粋な――無限の魔女。
いつまで……ではない。彼女は今も信じている。
どこまでも純粋な――無限の魔女。
「ほう、クリスマスツリー、とな」
太平洋側は、日本海側に比べあまり雪は降らない。
とくに中部地方は割合温暖な地域。
伊豆諸島に含まれる六軒島は、今年もホワイトクリスマスを期待できそうもなかった。
「興味を持ったか、ベアトリーチェ」
そんなことはお構いなし。
右代宮本家の隠し屋敷で、金蔵とベアトリーチェは優雅に二人きりのティーパーティーを楽しんでいた。
もちろんに室内で。
温暖とは言ったが真冬は真冬。そんな中、愛人を外に出しておくような男ではない。
ちなみに金蔵自身は極寒でも全く平気である。
「うむ。して、その樹木はいかな花をつけるのだ?」
薔薇のような艶めかしい花か、百合のような凛とした花弁。
はたまたスミレのように素朴で可愛らしい、
「……花は、咲かぬ」
何と!? とベアトリーチェが声を荒げる。花が咲かぬ植物があるとは。
ベアトリーチェは、庭園の殆どを薔薇で埋め尽くされた九羽鳥庵以外を知らない。
「すまぬ、早とちりをしたようだ。そのクリなんとやらは芳醇な実をつけるのだな」
既に、クリスマスツリーという名を忘れている。"サンタクロース"は覚えても"クリスマス"は未だに覚えない。
ちなみに"ハロウィン"はすぐに覚えた。何故。
勉学に関しては金蔵も驚くばかりの才色ぶりを見せているベアトリーチェだが、一般的にそうでないと言われる分野、つまり常識においてはしょっちゅう首を傾げる。
金蔵は彼女を囲い、閉じ込めはしても知識を与えないつもりは一切ないのだ。
この記憶力の"ムラ"はもはやベアトリーチェの個性であり、無知の三割は自業自得である。
残りの七割は無論、金蔵のせいだが。
――まあ、クリスマスツリーは正確にはモミの木であるから、そちらの方が覚え易いか、と思案する。
行事として覚える方が彼女に向いていると思ったのだが。
やっぱり今年もクリスマスは覚えないらしい。
とはいえ彼女がイベントを楽しむなら、金蔵には何の問題もなかった。
「して、そのクリームドーナツとやらはどんな味が」
「いつの間に話が本日の茶菓子へすり替わったか」
「む? その樹木の果実はクリームなのであろう?」
「違うぞベアトリーチェ。クリームではなくクリスマスだ。そもそも実はならん」
「実がならぬ!? ならばその樹木はいかにして楽しむのか? まさか、樹木自体が麗しい色をして」
「していない。そこらの薔薇の葉と変わらぬ濃緑だ。ただし、形は少々変わっているかもしれん」
金蔵は両手で三角の山を作り、モミの木の形を説明する。
「大して面白くもない形だな。本当に、何が魅力的なのか……妾の知らぬ楽しみ方があるのか……うぅ、気になるぞ」
そう言うと思った。
金蔵は、息子達には決して見せぬ穏やかな微笑を浮かべる。
このような感情を持たせるのは、後にも先にもベアトリーチェしかいない。
魔女としての誇りと気品溢れる佇まい。
下品な笑声も彼女から発せられるなら、途端に嬌声と違わぬ愛らしさを孕む。
無知を怖がるではなく知を求める、その健気さ。
何の下心もなく(長女の薄汚さと言ったら)勉学に励む女を初めて見た。
気高き魔女でありながら、時折見せる小動物のような仕種。
刹那に散ってゆきそうな、物憂げな瞳。
彼女のもつ全てが愛おしい……。
残酷なまで振り向かぬ女は、ここまで欲求を高ぶらせるものだったとは。
彼女のもつ全てが欲しい。骨の髄まで。
そう願い、そして手に入れた。
それが力ずくだったとしても、金蔵は後悔など……していない。
「イヴには、用意させよう」
だから、彼女の望む全てを叶えたいというのは愛する者への当然の施しであって、罪滅ぼしなどではない、筈。
「イヴとは、なんだ? この間聖書で言っていた禁断の果実を食した……まさか、クリームストロベリーとはその禁断の果実……ん? 果実はならぬのでは」
一応、根本は間違いでは、ない。
確かにクリスマスツリーの起源はアダムとイヴの食べた知恵の実がなる知恵の木。
ただ、冬には葉を落とす林檎の樹の代用として定着した、そして金蔵が用意したモミの木は当然無果実樹木。
期待させるわけにもいかない。そもそも名称が迷宮をさ迷っているし。
また色々説明しなくては、と金蔵は嘆息した。
それは呆れでも不満でもなく、彼の口から語られれば、所詮ただの惚気になるのだった。
――――
サンタクロースはいる。
そう教えられたのは、多分物心つく随分前。
ホムンクロスに物心、ともおかしな表現。
……気付いたら知っていた。
記憶喪失の魔女の、数少ない"記憶"と言うべきか。
その教えの通り、クリスマスの夜には枕元にちゃんとプレゼントが置いてあったし、薄目にサンタクロースも目撃した。
そのサンタクロースが金蔵に似ていたような気がしたので彼に言ったら、それはサンタへの冒涜だと叱られ、翌年は恰幅のよいおじいさんに代わっていた。
それが南條に似ているような気もしたが、冒涜だと言われてしまったし、なによりまた眠ったふりをしていたのがバレるのが嫌だったから、黙っていた。
サンタクロースはいる。
それだけでいい。
知りたい、と思うのも事実だけれど、信じればそれが真実。
それもベアトリーチェの中で立派な理論。
知識欲と信仰。
一見相いれず矛盾した二つが、彼女の中では上手に組み合わせられている。
(その辺りも、金蔵が惹かれる理由だと彼女は知らない)
12月24日。
「クリ饅頭はどこなのだ?」
「……モミの木だ。もうすぐ届く」
既に、饅頭にまで変換されてしまった。
仕方なくモミの木、と言い換えたことで更に混乱を招いてしまい、金蔵は後悔することになる。
「お持ち致しました。御館様」
「うむ。ご苦労であった、源次」
執事が持ってきた鉢植え。
金蔵にしてみれば最愛のひとの為にどどんと大きい物を持って来たかったが、室内ということもありさすがに実現不可能だった。
と言っても一般家庭の室内用を想像したら、実際に見たとき呆気に取られるだろう。
それを、台車とはいえここまで運んだ源次も凄ければ、素手で軽々受け取った金蔵は間違いなく人外だ。
「確かに、そなたの言った通りだな。妙な形はしているが、花も実もない。」
中を覗き込んで、ベアトリーチェが呟く。
「しかし……これは何だ?」
緑の針葉に絡み付く、紐? のようなもの。
所々に、何やら突起が付いていて……。
「見ているがいい」
思わせぶりな口調で、源次に合図を送る。
その仕種の一つ一つが気障ったらしい。
歳を考えろ、と言うのも忘れるくらい板に付いているからまた悔しい。
フッと室内の電気が消える。
今は夜。白熱灯に眼が慣れたベアトリーチェは、真っ暗闇にたろじく。
「双方を同時にしないとは。源次も中々分かっている」
ぎりぎりまで引っ張りたいのは男のエゴ。
けれどそれを最愛の魔女も好むことを熟知している。
「く、暗いそ金蔵? 何をするのだ」
「頃合いだ、源次」
その声がするが早いかパッと明かりが付く。
部屋の、ではなく、ツリーの。
キラキラと眩ゆい光。
灯りがある、先程とそれほど変わりないこの状況に、美しいと感嘆するのは何故か。
ただ今までの電灯が小さく細分化された、ただそれだけなのに。
「……綺麗」
なるほど。
年の瀬のこの行事は、ただ単にサンタクロースを待つだけでなく、このような楽しみ方もあるのか。
ベアトリーチェは少しだけ、大人になった気がした。
尤も、プレゼントしている本人は同一人物なのだけれど。
この生活が、少し悲しいと思わないわけではない。
何も知らないけれど、塀の向こう、狼を越えた先に自分の知らない何かがあること。
それを知りたいとも思う。
……けれど、不幸だなんてちっとも思わない。
ここには、ベアトリーチェの欲しいものが揃ってる。
美しい薔薇に穏やかなティータイム。そして。
ふいに、金蔵が近づいてくるのが分かった。
(隣にいるのが、金蔵じゃなかったら、あるいは)
こんなに、満ち足りてはいなかったかもしれない……。
(世界の最小構成単位。それは)
「愛している、ベアトリーチェ」
End
――――
December.24.2009
クリスマスSSでした。
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