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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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そして終わらない

設定はEP1。ただし、南條先生が第一の晩発見に居合わせたりと色々おかしかったり。
その辺りは目を瞑ってくれると嬉しいです。







目を疑った。
そんな、まさか。
そして、『やっぱり』とも思った。
――人間は無欲などでは決してない。
そんな風に胸の底にすとんと収まった。

誰かが言った。
――ちょっとした余興をしないか。
――あの人を、驚かせてみないか。
数人が乗った。
――面白そうだ。
そう言って。

(軽薄な。何事もなく進むとは私には思えません)

傍目には動揺を見せなかった筈だ。
自分の知る多くは彼等の知らぬことであって、これからも知るべきではないこと。
もしかしたら、慌てて異議を訴えていたら、或いは無事に17人で10月5日を向かえられたのかもしれない。
その場に居合わせてしまったことに、後悔も何もかも無意味だった。
何故なら、その計画に自分は必要不可欠だったから。

降りしきるのは銀の針。
鋭く冷たい尖端が背中を突き刺す。
ひとかたの光さえない鈍色の視界に、きつくこびりついた鮮血のような紅が眩しい。
象られるのは旧き友が時折狂ったように描き続けた悍ましい紋章の一つ。
それが、赤いペンキか何かでシャッターに描かれている。
そして中には。

(いっそのこと、人間の血で描いてしまえばよかったではありませんか)

こんなにも、余っているのならば。
そんな不謹慎なことを、"彼等"を見下ろしながら思う。
コンクリート造りの倉庫に、馴染まない錆びた鉄の臭い。

「南條先生、彼等は」

ゆっくりと首を振った。
皆がするのと同じように、彼も唇を噛み締める。

「もう……息はありません」

死んでいる人間を生きていると詐る。
生きている人間を死んでいると詐る。
死んでいる人間を死んでいると詐る。

誰かにとっての真実が、自分にとっては虚実。
彼等の生死いかんを知るのは犯人と自分だけ。
だから自分は、共犯者。

たった一つの指示。

『この六軒島でいかなる事態が起ころうと、貴方は"死亡している"と診断して下さい』

狂言にしては多過ぎる謝礼。
いかなる事態が。
そう言った意味を、彼はようやく悟る。

助力、と言えば聞こえは良いかもしれない。
けれどこれは紛れも無く犯罪。
自分は……買収されただけだ。

「金蔵さん……私は貴方との約束を、半分しか守れないようですよ」

旧友は言った。

『私が死んだら、三年はそれを隠せ。愚息にチャンスを与えてやろうではないか。それで先行かなくなれば右代宮は終わり。それでいい。だから南條、お前は誰にも懐柔されるな。……私にだけ、従え。我が友よ』

(金蔵さん、それでも私は人間なのです。悪魔の囁きに耳を貸さずにいられるほど、出来た器もない)

医者という聖人君子の皮を被りながら、非人道的な行為をしてでも。
彼には、どれほどのチップを払ってでも賭けたい魔法があった。



脚を組み替える音だけが聞こえる。
会話は既に途切れていた。
怯える者。哀しむ者。憤る者。
さも自分とは関係がないとでもいうように振る舞う者。
苦しい苦しいくるしいくるしいくるしいクルシイクルシイクルシイ・・・・・。

気を抜くと活動をとめる呼吸器。
微弱な奮えが止まらない。
幸いこの状況下では目立つことはなかったが……。

(絵羽さん達は、これが狂言だと思っているから……)

事実を知った時どう思うだろう。
否、果たしてそこまで生き延びられるのか?

彼女達も、自分も。
(自分が見殺しにすると言うのに)

バタン。
椅子が倒れる音。
南條ははっと顔を上げる。
秀吉だった。

「す、すまん。わし、ちょっと便所に行ってくる」

突き刺さる視線。
注目されて焦ったのか、冷や汗を浮かべている。

「一人では危険ですな。私も行きますよ」

いいチャンスだった。
この空気が堪えられないというだけではない。
彼に『これが狂言でないこと』を伝える、チャンス。

絵羽に言う度胸はなかった。
金蔵が生前言っていた通り、右代宮の女は少なからずヒステリックな所がある。
無駄な騒ぎを起こす事になるだろう。
自分を犯人だと決め付けるかもしれない。
――それは冤罪などではないけれど、この手に刃を携えていないのも事実。
それでもなお、自分は真犯人の名を叫ぶ事が出来ないのだ。

秀吉は軽く頷く。
誰も止めない。
絵羽が止めないから。
夏妃がこの場にいないから。

南條は足速に歩を進める秀吉を追った。
一人にするわけにはいかない。

ぴたり。
突然脚を止める。
何事か。
まさか誰かがいたのか。

「すまへんなあ、すまへんなあ南條先生……。わしが気付かぬ振りをしたばっかりに、先生にまで気を使わせてしもうた……」

目元を右手で押さえる。
彼の背中は、先程の南條同様に震えていた。

「わしのことは、どうでもよかったんや。……でも絵羽が。狂言の事を話したら、わしだけでなく絵羽も疑われると思った。そうしたら、何も言えへんことなったんや……」
「秀吉さん、まさか貴方は……!」
「あんな近くで見たら誰でも分かるわ。死んどった、みんなみんな死んどった! 生きてるんは多分、いなくなった紗音ちゃんだけや……」

秀吉は、突き崩されるように膝を落とす。
顔に充てがわれた手を、衝撃を和らげるために床にぶつけようとはとしない。
けれど、彼の涙は身体的な痛みからではないと南條は分かった。
咄嗟に駆け寄る事も出来ず絶句したまま佇む。

「く……っ、分かっとるわ、アクマハワシヤ、ワシガアクマヤー! でもな、どうすればよかったんや? 紗音ちゃんが犯人やと言えばよかったんか? そんなことしたら、譲治が哀しむやないか! 全部終わって台風が過ぎ去って、そうしてひょっこり紗音ちゃんが顔を出したら、譲治と一緒にどこか遠くへ逃がしてやるつもりなんや。それはいけへんことなのかいな!?」

秀吉は、溜め込んだ物を全て吐き出すように喚き立てた。
彼もまた、護りたい者の為にチップを支払ったのだ。

「私が殺したとは、お思いにならないのですか」
「わしは昔、色んな修羅場を潜り抜けて来たんや。綺麗事やすまへんこともやった。騙し合い、唆し合い、出し抜き合い。……殺し合った。先生は戦前からの人や、よく分かるやろ。そやからわしは、分かるんや。理屈やなくて、勘や。あん時のあんたの動揺は本物やった……ッ」

咆哮は鳴咽に変わっていた。
硬く握った拳を、床に打ち付ける。
強く、強く。
血が滲むのを、待っているかのように。

「おやめなさい、秀吉さん!」
「南條先生には、申し訳が立たないんや、こんな、こんなわしの我が儘で。でも、許してくれ、頼む、後生や」
「違うのです!!」

何が。
秀吉の口元が動く。

「私は、犯人に金を積まれました。全ての『死体』に死亡を宣言しろ、何があっても漏洩するな。……そう、指示されました。だから、秀吉さんのせいではないのです、私の身勝手なのです」
「あんたが……? 金に?」
「新島に、難病を患った孫娘がいるのです。あの子の手術には、今スグ大量ノ現金ガ必要……! 私は、私は」
「もうええ!!」

頭を抱えた南條の腕を、秀吉の右手が掴む。
甲は既に擦り切れて、薄く血が流れている。

――何が、もういいのだろう。
躊躇いなどない。怯えはしても、後悔はしていない。
亡きこの館の主が言う通り、魔術の成功には多大なリスクと賭け金が伴う。
しかし、そんな一言で片付けて良いほど、自分が冒涜したものは小さくない。

「……まだ、駄目だったんや。終わってへんかった。全てが終わって、思う存分護りたい奴を抱きしめてやれる時が来るまで……。わしらは、うろたえてはいけなかったんや」

まだ―――。

その言葉が、ずきりと胸を刺す。
そうだ、まだ。
終わってなどいない。
自分の『仕事』は、残っている。

「わしは、先に戻る。本当は外の空気を吸いたかっただけなんや。あそこは胃に悪うてな。あんたと話せて少し気が楽になったわ。お互い頑張ろうや……」

そう言うと、秀吉は身を翻した。
静かな廊下に一人残される。
犯人は今、自分を狙うだろうか。
まだ、『仕事が残っている』駒を。
生け贄に、或はサクリファイスにするだろうか。

(わからない)

かち、かち。
時計の針音が呼んでいる。
振り向くが、誰もいない。

(漏洩するな、という指令を破ったのですから、切り捨てられてもおかしくはないですな)

掠れた笑声。
自嘲以外であるはずがない。

――もう、終わりかもしれない。
孫娘をもう一度抱きしめてやることも出来ず、終わってしまうかもしれない。

南條は、諦めたように歩きだした――。





秀吉が第二の晩の生け贄に選ばれたのは、そのすぐ後のことだった。
(彼らは、愛の為に誇りを持って闘った。けれども魔女は、黄金郷へ導かない。それはきっと、魔女の慈悲)


End



――――



March.19.2010

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