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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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グラスが熔けて滲むなら

※名もないオリキャラが登場します






(モシモ、アナタガノゾムトイウノナラ)



大して風もないが、波は大きく唸りを上げる。
初めのうちは耳を塞いだ轟音もそれほど気にならなくなり、彼はぼうっと空を見上げる。

品の良い紺のスーツにビジネスバッグ。小ぶりの眼鏡をかけた白髪混じりの初老の男だった。

男は眉を潜め、膝を押さえる。
定年退職を再来年に待たせた身。船の大きな揺れに節々が痛むのはどうしようもない。
見たところ船頭も自分とそう変わらない歳だったが、さすがは海の男と言うべきか。
自分も退職したら、息子の通うジムにでも行ってみようか。

そんな事を考えながら。

男を乗せた船はその島の桟橋にぶつかる。

六軒島。魔女の棲む島。

それが、彼の今日来たるべき地。
引き返す船頭に礼を言い、桟橋を渡って島へ足を踏み入れる。

ざくり。
砂利を踏む感触を覚えながら、石造りの階段を登って行く。
てっぺんが見えてきた辺りで足を止めると、荷物から手鏡を取り出しネクタイを直す。

右代宮家。世に膾炙する名家。
六軒島は、その本家が館を構える島。
そして、今日。自分が会う予定なのはここの領主夫人だと言う。
当然、無様な姿は許されない。

「よし」と頷き、荷物に軽く入れ直す。
ざく、ざく、と再び音がし始めた。



――――



――この香水は私には強すぎませんか。


それが、ベアトリーチェに出来た精一杯の抗議だった。
戦人はその言葉に「あ……」と詰まらせた。
自分には似合わない。
そう、雛でしかない自分には。

(私の為に、選んだのではない)

記念日の度に与えてくれる洋服も宝石も髪飾りも紅茶も。全て。

(お母様)

好意を無にしたいわけじゃなかった。
ただ。余りにも顕著で、心が堪えられなくなって。

「悪い、趣味じゃなかったか?」

自分の云わんとすることが伝わらなかったはずがない。
けれど戦人は、それについて言及しなかった。

彼は知っているのかもしれない。
時折見せる『昔のベアトリーチェ』の片鱗はまやかしでしかないことを。
黄金の郷で誓った通りに、役をこなしているだけだということを。

だからこそ。今ここにいるベアトの存在を否定しない為に、口を拑んだのかもしれない。
――何も言わないから、そう解釈するしかない。


はじめの内は戦人も以前のベアトと自分を同一視していたと思う。
黄金郷での喜びようが嘘だとは思えないし、からかったり冗談を言ったりまるで旧知の悪友にでも接するように、自分にも接していたように感じていた。

いつからだろうか。
彼は、自分を割れ物を触るように扱い始めた。
初対面の頃のように突き放したりはしない。
挨拶は返してくれるし、クッキーを焼けば美味しそうに食べてくれるし、プレゼントだってくれる。


――拒絶より哀しいことがあるだなんて思わなかった。


彼が何もしないから、自分も何をしたら良いのかわからない。
時の偉大さに指をくわえているだけに甘んじたくはないというのに。

「いいえ、そんなことはありません! 嬉しいです、ありがとうございます!」

敬語が、必死の主張。
嘘を付いたわけではない。
本当に、本当に一つ一つが嬉しくて。
それでいて、もの悲しくて。

(私と彼女の何が違うのですか)




ぐわん、と領域内に鈍い振動が走る。侵入者だ。
ベアトははたと時計を見る。
13時50分。
もうすぐ、14時。

「いけない、約束の時間です!」

瞑想に耽っていたベアトは慌てて自室を跳び出す。
戦人は出掛けている、夜には帰るだろう。
その前に、会わなくてはならない人がいるのだ。

オリエンタル・アンバリーの芳香な香りがつんと鼻をくすめた。



――――



「こちらからお迎えに上がれず、申し訳ございません」

ベアトは鳥の羽を刻んだドレスを翻し、上品な物腰で腰を折る。
それに対し、男は人の良さそうな笑みを浮かべる。

「お気になさらず。船旅も良いものでしたよ」
「では、お荷物をお持ち致します」
「女性にそのような事をさせるわけにはいきません!」
「そうですか……では案内致しますね。家の者は出払っておりまして、ろくなお持て成しも出来ませんが」

通した先は、九羽鳥庵の喫茶室。
本邸やゲストハウスに通してはせっかくの人払いが無駄になる。


「素敵なお屋敷ですね、西洋的でありながら情緒がある。薔薇庭園も素晴らしかった。いやいや私の妻が園芸が趣味でしてね、勿論こんなに立派ではありませんが……」
「ふふ、ありがとうございます。薔薇庭園は私も気に入っているのですよ。この九羽鳥庵の花壇は大分廃れていたのですが、戦人さんが整備してくれまして」
「…………旦那様はご当主でしたっけ?」
「いえ、領主です」
「? あ、そうなのですか」

きっぱりとした物言いに男は少しだけ首を傾げるが、不動産の所有権等の問題と考えたのか、直ぐに納得したそ振りを見せる。

「ここに住むのはお二人だけなのでしょう? 庭園整備は貴女の為、というわけだ。ははは、羨ましい程仲睦まじいですねぇ」

ぴく、とベアトの頬が震える。
"ベアトリーチェ"の為には違いないけれど、と心の中で付け足す。
気付かせないよう微笑んだ。表面的には。

「くす。チェス盤をひっくり返してみましょうか?」
「チェス盤?」
「貴方視点では私達を客観的に見られます。逆に私視点では貴方を客観的に見られる、ということです。奥様のことを語る貴方は愛妻家にしか見えませんでしたよ?」
「! いやはや……これは一本取られましたな」

狭量。
自己満足の皮肉だった。
「奥様の方は知りませんけどね?」と、暗に仕返したつもり。
……見事に自分に帰ってきたけれど。

「ふふ、否定なさらないのですね。・・・奥様はお花がお好きなのでしょう? せっかくですから、ここの薔薇を摘んでいってはいかがでしょう。喜ぶと思いますよ」
「宜しいのですか?」
「沢山ありますから。花束一つ作る程度なら、摘み取っても支障はありません」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせて頂きましょう!」
「はい。後ほど案内いたしますね」

それから、談笑がしばらく続いた。
それが途切れたのは、男が膝上にあった鞄を机の上に置いた時だった。

「それで、ご相談の件ですが」

刹那、ベアトリーチェは微笑みを真摯な表情に直す。

「はい」
「無戸籍者に結婚は可能か? という話ですが、端的に言えば可能です」

男の職業は、某市役所の市民課長。
市民課とは戸籍や住民票、婚姻届の取り扱いをする部所だ。

「本当ですか?」
「はい。手続きも面倒で、難解ではありますが不可能ではありません。ただ、住民票がないため銀行口座が開けず、財産管理等の権利……特に、――こんな話もなんですが――将来、旦那様の遺産相続等が出来なくなる危険性が極めて高いです」

躊躇いがちに補足する。
『旦那様』という表現は既に自分が内縁の妻だという認識だからだろうか。
べアトはもう一度聞き直す。

「本当、ですか?」
「ええ、ですが先程言いました通り」
「遺産などいりません、私には戦人さんが全てなのですから」

男はほう、と唸る。
健気だと思ったのだろう。
『何故戸籍がないのか?』などと聞かない辺り常識のある人間だ。
先程の躊躇振りからしても、嫌味のない気遣いをされている。
ベアトは少し恥じた。


男は資料を取り出し、詳細を語る。
ベアトは時折顔をしかめながら真剣に耳を貸した。




大方の説明が終わり、男は渡さない分の資料を鞄に戻す。
その鞄を持って立ち上がろうとする。

「お荷物は置かれたままで結構ですよ。またこちらに戻って来ますから」
「おや、そうですか」

男は鞄を椅子の横に置く。
少し無用心だが、ベアトに渡した資料を除けば最初から大した物も入っていない。

「では、参りましょうか」
「あ、はい」



――――



「このくらいで如何でしょう?」
「ありがとうございます、妻も喜びます!」

まるで魔法のように、いとも簡単に数本の薔薇が可愛らしいブーケになった。
妻はブルーが好きだ、と男が言うと、くるくると藍色のリボンが巻かれる。
プロが施したような綺麗な蝶々結び。
水色のレースが暖色の花を引き立てる。
男は温めぬよう慎重に掴んだ。


ベアトはそれを見て微笑むと、瞑目する。
歩き慣れた道を遊歩しながら、聴覚だけを研ぎ澄ませる。
ザァザァと、葉のこすれる音。
遠慮がちな小鳥のさえずり。


――九羽鳥庵の庭園はどこか懐かしい。


懐かしい、遥か昔から住んでいたように。

(だから、よぎってしまう)

――もしかしたら、私は妾かもしれない。
――まやかしなどではないかもしれない。
――――忘れているだけで、自分は千年の時を生きているのかもしれない、と。

そんな、戯言が。一人では否定出来なくなる。

(彼の愛するベアトリーチェは、もしかしたら私なのではないか、と。自惚れてしまう)

「不粋ですが」

男の声に、静かに睫毛を押し上げる。

「旦那様との馴れ初めを聞かせていただけないでしょうか。失礼は承知の上です、初対面でこのようなことを。……ただ、その若さで相当達観してらっしゃるように見えまして、少し好奇心をそそられた、と申しますか……」

達観? 不思議な言葉に頭を捻る。
自分のどこが達観しているというのだろう。

「――生まれた時から、愛していたのです。だから、馴れ初めなんてありません」
「生まれた時から?」
「彼を愛する心こそが、"私"だから」

男は目を丸くした。

「それはそれは……聞いているこちらが面映ゆいですね」

苦笑気味に頬を掻く。

ベアトは胸の高さに腕を持ち上げる。
す、と翻すとその手にはワイングラスが。
突然の手品に男は言葉を失う。
そんな様子を気にも留めず、ベアトはグラスを逆さに持つ。

「ここからグラスを落としたとするでしょう? そんなことをすれば、きっと割れてしまいます。その時に音がするでしょう。散らばった破片に素手で触れば、よほどのことがない限り血が流れます。そんな風に、当たり前に彼を愛しているのです」

グラスが指から逃れる。
固い地面にたたき付けられたグラスは、音を起てて粉々に割れる。

「もし、彼の落としたグラスが割れずに熔けたのなら。地面に滲んでいったなら。私は割れるグラスを探しにいきます」


ベアトは、どこか遠くを見据えてそう言った。



――――




ベアトと男は、再び喫茶室に戻っていた。男の鞄を取りに来たのだ。

「ブーケを抱えたままでは持ちにくいでしょう。お荷物は私が持ちますよ」
「面目ありません、女性にはさせられないと言ったばかりだというのに」
「いえ、ブーケを持たせたのは私ですから」

早足で先を歩くベアトは鞄を抱え、彼を横目で見る。

「タクティック」
「…………? 何かおっしゃりました?」
「いいえ、何も」
「……はあ」

変わらない笑顔で振り返る。
しかし、男は僅かな不信感を拭えなかった。
それは、彼女が微笑む度に感じる空寒さ。
おかしなことを考える、と頭を押さえる。小指が眼鏡の縁に当たる。

そういえば。男はふと思い出した。
始めから、不思議だった事があるのだ。

「失礼ですが、何故法律家ではなく公務員の私を「思い出しましたか?」

「―――――え?」


胸に抱えられていた鞄は永遠に置かれることはなかった。
ぽい、と陶磁のように白く滑らかな指から投げ棄てられ、そのまま。

――――消えた。



ゆらり。
どこからか、次々に金色の光が舞い、彼女を包み込む。

先程男の座っていた椅子やテーブルが、千々に金箔を舞い散らし、黄金の人魂に変化する。
否、その金箔は鱗紛。人魂は蝶。
全てが煌びやかに光彩を放ち、……爆ぜる。
平衡感覚を失い、男は腰を床に強く打ち付けた。
とめどなく顕れては飛び交う黄金の蝶。
その幻想的な世界は、幻想であるから、則ち人の世にあり得ない――あってはならない、光景。

(六軒島。魔女の棲む島)

男はようやく、この島の二つ名を思い出す。


「貴方の、18年前の罪を問います」


歌うように語りかける。
砂の落ちるようにささやかな声でありながら、男の耳にはっきりと届く。

「私と戦人さんは黄金郷で結ばれました……社会的な婚姻など大した意味を持たなかったのです。
だから私は、始めからこの為に貴方を呼びました。


さあ、貴方の罪がわかりますか?」
「何の…………話ですか? いったい……何が…………」
「18年前、貴方は罪を犯しました。だから、私は貴方を裁きます」

男は困惑した。
――思い当たらない。

これでも、まっとうに生きてきたつもりだ。
真面目に勉強し、地方とはいえ公務員になり、結婚し、子供を育ててきた。
市民課という課に配属されてからも、例え周りがだらだらとまともに仕事をしない奴らだった時も。

――罪など、知らない。

現世と切り離された時間が続き。ベアトが、半ば焦れ始めた頃。
男は口を動かした。

「まさか、貴女に戸籍が無いのは、私の手違いのせい……ですか?」
「…………」

男は震えている。
もしそうなら、と責任を感じているらしい。
その様子が可哀相だから、言ってあげる。

「違いますよ?」

残念。もう、『タイムリミットが迫っている』。
戦人が帰って来たらせっかくのチャンスが台なし。

ベアトは口端を吊らせ、男に人差し指を向ける。

「チェックです。誠に残念ですが、仕方ありません。教えてさしあげます。貴方の罪は、













戦人さんの出生届を受理したことです…………ッ!!


「………………は?」
「戦人さんは、『右代宮戦人』でありたくなかったのですよ?それなのに、貴方が認めてしまった。だから、戦人さんは貴方を殺したいと考えていました……! EP1のカケラ、探偵視点の彼のモノローグで、そう示されているんですよ…………?」

かつて、フェザリーヌの元で以前の物語を巡った時。
見つけてしまった、愛する人が実父と同等に憎む人間。

(――――私と、彼女の違いは?)

口調や一人称。好む香り。愛の伝え方。
彼を想い流した涙の数とその年月。
彼の側にいた月日。

あまりにも、多過ぎる。
多過ぎて、それでいて自分には手に入れられないものばかり。
いつかは。至れるかもしれない、その境地に。
今は、どう演じたところで偽物でしかない。――たった一つでいい。今もなお彼に愛される女性に近付きたくて。
それが本当に自分だというのなら、尚更。

(もう一度、試練をやり切ろう。今度は一人で)

第六の盤で、自分は夏妃を試練に選んだ。
けれど。戦人の助けを借りることでしか、成し遂げられなかった。
ヱリカとの決闘も。最終的には、彼と共に銃牙を引いた。
あの大きな手が無かったら。果たして自分は、彼女を永遠に葬る勇気があっただろうか。

(このままでは、いけない)

彼の愛するベアトリーチェは彼をも穿った。
けれど自分はそれをしない。
だから、自分は正常。そう『理解』していた。

(例えそれが私だけの理解だとしても)

彼の為に、罪を犯せる残酷さを、この身に携えなくては。

「そ……それだけ……で?」
「夏妃さんの時は確証ありませんでした。けれど今回は違う。ちゃんと調べあげました。間違いなく貴方なんです」

チェックメイト。
ベアトは両手を高らかに上げる。するとふわりと蝶達が舞上がり、男の元へ、


…………。


……………………。





憐れな魔女の生け簀は。
叫び声すらあげることはなかった――――――。



「この花束は、ちゃんと奥様に届けてさしあげますよ。遺品として……ですけど」



――――




カン、カン。
薄暗い階段を、ベアトは下る。
所々に張られた埃に塗れた蜘蛛の巣。
自分には何ともない、彼女の欠点。

――自分が唯一同様に苦手とするのは、鏡。
男の鞄から漏れ見えたそれを、廃除したくて。
タクティック―――しつこいと解っていながらも、もう一度彼の鞄を取り上げようとした。


最下の段を踏み、魔女は扉の前に立った。
湿った地下室の、カビの臭いが立ち込める。
そこに魔女の妖艶な――オリエンタル・アンバリーの幻想的な甘さと、彼女自身の女としての――香りが注ぎ足され、不気味な調和を奏でる。

(戦人さんに貰ったフレグランスが、躯に染み込むのがわかります……)


ガチャリ。
鋼の扉を開く。
緩やかな視線は更に奥、鉄格子の中へ。

「プレリュードは終わりましたよ? 留弗夫さん」
「く……そ…………」

図体の大きなその『獣』は、ゆらりと彼女を見据えた。その眼すら、獣。

「戦人さんが帰って来るまで、遊びましょう? 運が良ければ戦人さんが助けてくれるかもしれませんね。くすくすくすくす…………」


(もしも彼が貴方を許すのならば…………ですけど、ね?)



End



――――



April.19.2010

公式掲示板の企画用………です。『黄金郷への道しるべ』という企画です。
クオリティ低くても歓迎というスレ主様や先輩文士様方に甘えて参加しました^^;

この話に出されたお題は『幻想』でした。あるぇ?

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