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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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こたえなき

 捏造&キャラ崩壊&(°д°;)






昔から、不思議な人だった。

いつも笑っていた。お喋りで冗談ばかり言っていた。
要領がよくたまに怠け癖があったけれど、父親との夫婦仲も良く、ある島に働きに出ながらも家庭を疎かにすることはなかった。
母親として、優秀な女性ではあったのだと思う。

不思議な人だった。

母には名前があった。
人間としての名と、魔女としての名。
親から授けられた『熊沢チヨ』という名の他にもう一つ――否、結果的には二つと言う可きか――あの島の魔女の名前。

――ベアトリーチェ。
それが幼き自分の聞き間違いや覚え間違いでなければ確かに、あの男はそう呼んでいたのだ。

在りし日の記憶だ。
漁師だった祖父の船に乗り、自分はあの島へ向かっていた。もう抽象化する必要もないか、六軒島だ。
当時、まだ若い頃の母は親族会議の日を除いても三日や四日島に滞在することが稀にあった。
自分には兄弟が大勢いたが、母親がいないのはやっぱり寂しかった。
早く会いたいという逸る気持ちだけを胸に、迎えに行くと言った祖父の後をつけてこっそりと船に忍び込んだ。

祖父自ら迎えに行くのは珍しいことだった。
右代宮――六軒島の『昼の』主であり母の奉公先――が雇った川畑という船頭が一家こぞって風邪を引いたのと、伯父の船がまだ漁に出ていなかったのが重なった故の結果だった。
川畑のことは母を介して自分もよく知っていて、家に遊びに行ったり六軒島の桟橋まで連れて行ってもらい、島を隠れ見ていた記憶もあった。
見舞いに行きたい気持ちもあったが、船の前でおろおろと悩んだ末思い切って跳び乗る。
あとは気付かれないことを祈るばかりだ。



――遅い。
なかなか辿り着かない退屈な旅路に、堪らず物影からのそのそと頭を出し、景色を把握しようとした。
青というよりはダークグレーの水面に、白い飛沫のはやぶさが絶え間無く飛ぶ。

――あれ?
首を傾げる。何故か。
船の進行によってつくられる波紋がおかしな方向を向いていたのだ。
周りをよく見れば、見覚えのある六軒島の船着き場が遠退いている。

(これは"うかい"……かなぁ?)

わけがわからないまま、顔を引っ込めると膝を抱えて座り込む。
どうせ自分は乗っていることしか出来ないのだ。
ぐるりと回って戻って来るのだ、と信じて待つしかない。

母がいた。
母の前には祖父が。そして、母の後ろには、知らない男の人がいた。
祖父とも知り合いのようだ。祖父は彼に対し遜っていたが、けして友好的とは言えない。

「再び逢おうぞ、私のベアトリーチェ」
「*********!」
「******」

祖父が何か叫んでいた。それを母が止める。祖父は何か誤解をしていたのか、ぎゅっと目元を寄せた後すぐに謝罪をした。
(それがおとなのせかい)

「……………ベアトリーチェ」

男が再びその名を口にした。
祖父は母の腕を掴み、土を強く蹴って船内に押し込んだ。地団駄に近い踏力で真新しい桟橋ですらギシリと音を起てる。
自らも船に乗り込むと直ぐに島を発つ。
体制調わぬ内に出航され、母が溜息をつく。

「そんなんじゃないと何度言ったらわかりますか? 私は使用人。御館様の世話係というだけですよ」
「………それならば他の仕事を探しなさい。あの名はなんだ? あの男はお前を……」
「ふふ、考え過ぎですよ。まさか様子を見に来る為に迎えを買って出たのですか? 全く、お父様の信用をいただけないとは残念です」
「…………」

母、は。
未だ、抜けきれていなかったのだろうか。

――魔女だった。
そこにいたのはいつもの快活で俗世間的な母ではなく、魔女と呼ぶに相応しい婉然とした貴婦人だった。

ベアトリーチェ。
あの男はそう言ったのだ。



「ベアトリーチェ……ですか?」

子供だった自分には祖父達の会話が何を意味するかなど解らなかった。
後日、無邪気に尋ねた自分に、母は少しだけ困ったような笑いを浮かべる。
幸い「どこで聞いたのですか?」とは聞かないでいてくれた。

「………ベアトリーチェは六軒島に棲む、森の魔女ですよ。六軒島は昼は右代宮の、夜は黄金の魔女ベアトリーチェのものになるのです」

確かに母はそう言った。多分、母親として。

――それならば、貴女は、何者なのですか。

ついに聞くことはなかった。
そう、全てが終わってしまうまで。



――――



「ボトルメール? そりゃあ熊沢さんあれですよ、警察が持ってっちゃいました」

やはり手遅れだったか、と大きく落胆する。


母は死んだ。あの島と、――六軒島と共に。
かつて森の魔女の名を有していたあの人は、その名をもつ魔女の箱に閉じ込められたまま帰って来ることはなかった。
もう二度と、帰りの遅い母を出迎えてやることは出来ないのだ。

母も、自分も歳だ。
幼少の頃のように、待ち侘びる可愛いげはなかったと言って良い。
自分にも家庭はある。親の存在が絶対の子供ではなくなっている。
それでも、100までは余裕で生きるだろうと信じきっていた彼女の突然の死を、――即座に認められるわけもなかった。

「写し、とかはありませんかねぇ。碑文だけでも良いんですよぉ」
「碑文? ……ああ、謎掛けみたいな文のことですか。それなら弟が持っていたかもしれませんわ」


――懐かしき、故郷を貫く鮎の川――


かねてからの予想の通り、そこには母の遺品にメモ書きされていた文が連ねられていた。
魔女の碑文と言われしその文句。
それを、何故母は『解こう』としていたのだろうか。
或は――あの遺品は謎を『作り出す』為に使用されたものなのだろうか……。

「おたくの拾ったボトルメールの魔女は、どんな人物だったかわかりますかねぇ?」
「そうですねぇ、あれに書かれてた特徴は……うーんと金髪碧眼? あと変わった口調で尊大な姉ちゃんでしたよ」
「はぁ……」

母とは似ても似つかない女性だ。あの日垣間見た母とも違う。

けれどベアトリーチェは、間違いなく母の名だ。
そして母を殺したベアトリーチェも、間違いなくベアトリーチェ。
等しく同じ名を持ちながら、等号では結ばれない二人の魔女。


(そして後年、ある人物の偽書によって母の最後の名を知ることになる)





新島の海。
その海は、六軒島に繋がっている。母と同じく、既ににその名では呼ばれなくなった鎖された孤島に。
だからぼんやりと眺める先の視界に捉えるのは、自分達にとっての、過去。

「貴女は、一体何者なんでしょうねぇ………」

答えを期待することもなく、そう呟くことしか出来ないのだ――――。



End


――――


July.16.2010

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