桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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oasis
公式掲示板の企画にまた参加させていただきました。
企画の性質上未完です。
眠れ、眠れ……。
どこかで、懐かしく温かな歌が聞こえる。
父の大きな胸に包み込まれて、優しい母の手が頬をくすぐる……そんな歌。
けれど、そんなものを両親から貰った記憶はない。
出来損ないの愚図と、父や兄姉に虐げられ続けた日々。その全てに、見て見ぬ振りを決め込んでいた、もしかしたら見てくれてすらいなかったかもしれない、母。
頭を撫でて、子守唄を口ずさんでくれる存在なんて、どこにもいない。
(あなたはだぁれ?)
この腕の中で、自分を抱きしめ返す壊れそうな程小さな体躯は、どんな男に抱かれるよりも穏やかな眠りを授けてくれた。
そういえば、最近ろくに寝ていなかった。だからだろう、こんなにも瞼が重い。
「起きてますか? 寝てますか? まあ、どちらにしろおねんねの時間ですよ」
突然、弱く抱えていた娘をむしり取られる。
死んだ振りをしなくてはいけない。他人の存在を感知してそう思ったのももちろんある。
けれど、それよりもずっと、ずっと深い眠りの中に自分はいたのだと思う。
力が入らなかった。腕にも、瞼にも。
「どうせ生きているんでしょう? ふざけてますね、この程度で私を欺けるとでも?」
――古戸ヱリカ。
薄暮の頃、その理知と知己を駆使して、せめてもの平穏をぶち壊しにした少女。
そして、真里亞の心をぐちゃぐちゃに傷付けた少女。
彼女に仕返しをしたいと言い出した娘に、狂言でもやろうかと冗談めかした甥。姉達が便乗して――あの人達の真の目的は知り得ないけれど――自分も加わらないわけにはいかなくなった。
欝陶しい気持ちと、彼女をやり込めたら気分が良いだろうという快楽欲求が入り交じり、不可抗力という大義名分の元、こうして真里亞と二人で横たわっていた。
そのヱリカが、何故、ここにいるのか。
……それはまあ、口ぶりからして狂言を見抜いたからなのだろう。
なるほど、自称探偵は伊達じゃないらしい。
正直、あんな子供騙しのクイズなど自分にだって解けていた。それほど難しいとも思わなかった。
ただ、兄姉達が追い付いていない以上、自分が正答するわけにもいかないし、無闇に雰囲気を澱ませて喜ぶほど、幼くも残酷でも肝が座ってもいなかった。
空気を読まず鼻高々と演説するヱリカは、どうせ後で、矜持だけはご立派な兄達に貶められるのだろうとさえ、楼座は考えていた。
主立って立ち上がったのが蔵臼ではなく、しかも自分達親子まで加わる羽目になったのは予定外だが、それ以外は概ね調和だ。
しかし、この探偵様はそれさえも読み切っていたらしい。
別に構わないが。どうせ自分が愚図だから気付かれてしまったのだと、絵羽らに罵られるだけだ。いたってよくあること。
絵羽は絵羽でどうせ何か企んでいるのだから、自分にそう責められる理由は無いのだけれど、それが“妹”なら仕方ない。
だから、楼座が考えるべきはそんなことではなかった。
そんなことを、悠然と考えている暇は無かったのだ。
――早く、気付きなさい楼座。
何故。
ヱリカは何故、楼座から真里亞を引き離したのだろう……。
ぐじゅり。
気味の悪い音がして、堪らず目尻を擦った。
「ふう、これで一人目ですね」
真っ先に目に止まった彼女の、さらに眼光が捉える先を恐る恐る見遣る。
「ま、まりあ……?」
最初は、鈍器で殴打されなような衝撃。
次に、ギリギリと電気の通った鉄線で締め付けられるような、痛み。
頭の中が、真っ白になった。
違う、真っ白ではなく、無色透明無質量無重力……からっぽ。人差し指で突けばぺしゃんこに潰れてしまうくらいに、なんにも無くなった。
ねえ。
そこで崩れている“モノ”は、なに?
「ちっ。起きちゃいましたか。母親からやるべきでしたね。まあ良いです、大人しく死んで下さい」
ヱリカは、ついと真里亞の形をした人形を蹴り棄てる。まさしく悪魔の持ち物かという大鎌を両手に、楼座に向き直った。
床の子供には、はっきりとその鎌で付けられた切断痕が……首に。
痛め付けられることに、慣れていた。
優しくされることに、慣れていた。
見捨てられることにも、慣れていた。
どうしても、愛だけは満たされずに飢え続け、心はいつもボロボロ。
(本当に? 本当に私は、誰にも愛されていなかったの?)
落雷が、窓のすぐ近くで光った。
楼座は、木目に爪が食い込むほど強く、テーブルの脚を握った。震える腕で力一杯、それを持ち上げて立てる。
「うおぉぉおお!!」
それを思いきりヱリカの方に押し倒した。
腕の力に頼らず、彼女が真里亞にそうしたように蹴り倒して、彼女にぶつける。
「ひっ、きゃああああ!!」
それが彼女を押し倒すと、腰を崩して情けない顔をしたヱリカが、鼓膜を潰さんばかりの叫び声をあげる。
真里亞よりもずっとずっと大きな声で。
何倍くらいかって? そんなもの知るわけがない。
真里亞は何も言えなかったのだから!
「く、逃がすものですか!」
下半身を不自由にするテーブルを押し退けて、ヱリカが無様に叫ぶ。
椅子の背もたれを掴んだまま、楼座はぴたりと動きを止めた。
そういえば、自分らしくもなく『逃げる』という発想を忘れてきっていた。
だって、逃げてしまえばこの女を痛め付けられない。
けれど、もし逃げなければどうなるのだろう。
(盗られる?)
――真里亞を。真里亞を、どうするつもり?
何か恐ろしいことを思い出してしまったように、楼座は愕然とした。
叫び声を聞き付けた親族達が駆けつけて来る。
雨音とともに床によく響く大男のものだったり、軽く小刻みに繰り返される少女のそれだったり、とにかくたくさんの足音に混じって、真里亞を取り上げてしまう者が近付いて来るような気がした。
(来ないで、私の真里亞をとらないで)
咄嗟に、血みどろの娘を抱き抱え、楼座は駆け出した。
* * * *
大龍の吐息が、鬱蒼と繁る木々を揺らす。
向かう先は果てなき深淵。振り返ろうとも、帰り道は獅子に踏み荒らされたかのように立ち消えている。
狼と、悪霊と、魔女の……人ならざるものの棲み家として、これ以上うってつけの場所はない。きっと、人間ごときの侵入が赦される場所ではないのだ。
その中を、何を追うでもなく、まさに“何か”から逃げるように楼座は走っていた。
行き着く先はどこだろう。逃げて逃げて、どこに向かうつもりなのだろう。
答えは無かった。
ただ、急がなくてはいけない、と追い立てられていた。後から、後ろから、恐ロシイモノがやってきて――
多少軽くなっているとはいえ、九つを数える娘を抱き抱えたまま走り続けた楼座は、とっくに限界だった。
ふらふらと足取りは重い。視界に白いもやがかかり、振り払っても振り払っても纏わり付いてくる。まともに歩けないから、焦燥感に追われて余計に疲れてしまう。
それでもなんとか歩き続け、楼座はようやく『帰る場所』を見つける。
「こんなところに、どうして格子が? まるで檻みたいだわ」
冷たい黒鋼で造られた頑丈な格子。
奥には何も見えなかったが、仕切りがあるからには何かがあるのだろう。
疲れきっていた楼座は、せめてこの中に隠れて追っ手から逃れたいと考えた。
狼でも悪霊でも、出てきたいなら出てくれば良いと、どうしてか割り切っていた。
どこかに門が無いかとひとしきり探したが、近くには見当たらない。
その代わりに、楼座くらいの細身の女が、ギリギリ通れる程度の綻びを見つけた。
(昔は子供の私が通れるくらいだったのに)
それほどまでに風化や侵食が進んだのか、或いは誰かが自分を歓迎しているのか。
そう考えて、自分の思考に濡羽色の目を大きく瞠いた。
(ムカ……シ?)
その刹那、頭に激痛を覚える。……疲労が脳にまで来ているらしい。
強い風雨に長く晒された自身と娘の体を癒すために、すぐさま思考を止めた楼座は、ずぶ濡れのまま檻をくぐった。
中には、晴れた昼間に見れば、ゲストハウスの薔薇園に負けず劣らず壮観であろうと推測出来る庭園と、同じく本邸に遜色ない館があった。
長く使われていないのか古びた――それでいて豪奢で気品のある屋敷だ。
楼座は思考を停止したまま、もちろん何故鍵が開いているかも特に考えずに館内に入り、手当たり次第に部屋を開けて、ベットを見つけるとすぐにそこに真里亞を寝かしつけた。
「真里亞、真里亞」
優しく名を呼ぶ。
それはまるで、愛しき揺り篭を見つめながら口ずさむ子守唄だ。
それでいて、楼座は全く逆のことを求める。
「目を覚まして、生きているんでしょう? ママに嘘はついちゃいけないって言ったわよね?」
楼座は、濡れきった真里亞の体をシーツで拭ってやる。一通り拭ってしまうと、隣の部屋から持ってきたそれと取り替えてやり、ぐっすりと眠る娘の髪を撫でた。
大丈夫、この子は死んでなどいない。眠っているだけ。
たとえ首が半分取れかっていても。
「ならばそなたは真里亞に嘘はつかなかったか?」
ひやり、と背筋が凍りついた。
ゆっくりと振り返ると、後ろの正面に女がいた。
女は、藍色の瞳で楼座を見つめていた。
二十歳前後だろうか。フランス人形のように、とても美しい面立ちと金色の髪をしていて、事実、中世ヨーロッパの貴婦人のごとき装いだった。
(ベアト、リーチェ?)
――――魔女? 表面だけ見た限りでは、確かに人間に見える。それなのに何故か、楼座の網膜にはぼやけて映った。
……。
頭ガ痛イ。
自分はこの人――否、本当に人なのか? ――と目を合わせてはいけない。
それは本能的な畏怖と。
そして、湧き溢れるような既視感が、楼座の中を支配する。
「無駄だ。真里亞はもう息絶えた。そなたが殺した」
さらりと告げたベアトリーチェに対し、楼座は数拍分はしたなく口を開いたまま呆然とした。
息絶えた。
………………は?
(ソンナワケナイ。ダッテ真里亞ハココニイル、魔女ニ呪イヲカケラレタカラ眠ッテイルダケデ、イズレ目覚メルワ)
きつく唇を噛み、その意味不明で無慈悲な宣告に対し、楼座は否定しようとした。
けれどそれよりも楼座は後者に反駁することを選んだ。
「ち、違うわ! 私が殺したんじゃない、あのヱリカという子が切り付けたのよ!」
その答えに、魔女は哀しげに睫毛を伏せた。
「いいや、そなたが殺した。そして妾を殺したのも、そなただ」
魔女が鉛管を振ると、金色の光が三人を包み込む。
……これは何?
当然沸き上がる疑問も、その眩ゆさに咄嗟に目を閉じ、再び視力を取り戻したときには綺麗に立ち消えていた。
楼座は息を呑んだ。
そっと、真里亞がその瞼を上げたのだ。
不思議なことに傷は完全に癒えており、未だ血みどろとはいえ人間としての形を取り戻していた。
「真里亞!」
ほ、ほら生きていたんじゃない。
楼座は歓喜のあまり、むくりと起き上がった真里亞を力いっぱい抱きしめようと、手を伸ばした。
「“ママ”!」
確かに、真里亞は母を呼んだ。
楼座に背を向けて、母を呼んだ。
「まり……あ……?」
「迎えに来てくれたんだね、“ママ”」
いつの間にか、そこは森の中だった。楼座達がいたはずの館は、今は三人の遥か先にあった。
木漏れ日の代わりに、枝葉の隙間を縫ってそぼ降る雨が、薔薇の刺のように楼座だけを貫く。
ふんわりと、今までの不遜さが幻覚だったかのように柔らかい笑みを浮かべる、ベアトリーチェ。
彼女はゆるりと真里亞に手を差し延べる。
「さあさ帰りましょう、妾の大切な娘」
真里亞は魔女の手を取り、森のさらに奥へと――九羽鳥庵へと消えていく。
先程まで、自分がいた館だ。
そこに先程まで、自分が抱き抱えていた真里亞が向かう。自分ではなく魔女を母と呼んで……。
(違う、真里亞は私の娘。あなたのママは私よ?)
足元の力が抜けてへたりこんだ楼座は、ただ二人の仲睦まじい親子が、お家に帰って行くのを見守ることしか出来なかった……。
End?
――――
July.7.2010
公式掲示板の企画で、
共通のお題で前半作成→予め決められたペアで交換→新たに共通のお題で相方のSSの続きを書く
といったものをやってました。わかりにくくてすみません。
この話の続きを、素敵な先輩文士様が書いて下さったのです\(≧∀≦)/
(公式掲示板の過去ログにあると思うので、よろしければぜひ)
では、未完ですが失礼致しますm(_ _)m
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