桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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同じ嘘を紡ぐ夜
七夕SS
隔絶されたこの島の空は、無限の光が煌々と支配していました。
静かに波打つ水面に映し出されたその、手に取ることの叶わぬ宝玉も、今宵はたった二人の為だけに捧げられるのだそうです。
……今年も織姫と牽牛は、ひととせにひと晩だけの逢瀬を許されます。
夜が明ければまた愛するひとと引き離なされて、一日千秋の思いで灰色の暦をめくり続けて。ようやく再び、この日が訪れるのです。
(一日が千秋ならば、妾の時間は千年を遥かに超越しておるわ)
たとえ徒に雨が降ろうとも、鵲の群れが橋を渡してくれます。
そうとも知らず、彼らが巡り逢えるようにと晴天を望む人間達が、彼女には恨めしいのです。
――――
魔女の姿が、今朝から見えない。
今が1番星の瞬く刻なのだから、ベアトリーチェは半日以上行方不明ということになる。戦人にとっては。
急がなくてはいけないのに、考える時間が欲しいとゲームを中断させたのは戦人自身だ。
それでも毎朝毎夕、戦人の前には――恐らくは士気を保たせる為に――彼女が現れていた。
それが当たり前になっていたのかもしれない。
……良い兆候ではないな。
喫茶室の椅子に深く座り、気分を変えようと腕を動かす。
思考が進まないくせに、ずっとチェス盤を睨みつけていたせいで、身体が凝り固まっていた。
一通りのストレッチを終えると、戦人は再び俯こうとした。
「……七夕か」
頬杖を付きながら、戦人が呟いた。
ワルギリアの主導で、大きな笹が山羊達によって運び込まれたのだ。
……七月だったのか。
この世界は、基本的には日付の概念がない。季節の概念も。嵐の秋の日で止まったまま。
ただし、イベントの概念だけはあるらしい。領主の趣向の問題だろう。
「ぷっくく。戦人様も書かれたらいかがです?」
預かり知らぬ間に傍らにいた、胡散臭い魔女の胡散臭い執事。
短冊に、願いごと。胡散臭い彼に勧められて、はいわかりました、と頷くことは出来なかった。ここには、人間とは別の慣習があるのかもしれない。
「みんな、どんなこと書いてるんだ?」
「ぷくく。どうぞ、ご覧になって下さい」
どさり、とスイカが余裕で入る程度の段ボール箱が置かれる。
中には、人間世界で見慣れた縦に長い長方形の紙が沢山入っていた。
「良いのか? プライバシーだろ」
「そんなものがこの空間にあるとでも?」
「……。まあいいや、見せてくれ」
どうせ笹に付けられたらフリーダムなのだ。
好奇心に負けた戦人は、まだ笹に結わえ付けられる前の短冊を取り出した。
【おなかすいた!】
ガクッ。戦人は右手から顎を滑らせた。
……真っ先に出てきたのがこれかよ。
願いごとですらない。戦人は嘆息しつつ無造作に裏返した。
《ベルゼ》
……だろうな。
「ってことは、ここらへんは七姉妹の短冊なのか」
【素敵な王子様が現れますように! もちろんイケメンでセンスも抜群で、頭もよくて私のことをお姫様のように優しくしてくれて、それからそれから、きゃー☆】
【魔がさした織姫が浮気しちゃって、しかもその相手が彦星の弟ですっごく綺麗な奥さんがいたりして、じりっじり嫉み合うドロッドロの四角(以上)関係! って展開を希望します】
【芋……じゃない妹達が心からかしずいてきますように。なんで予測変換で芋が出るのよ。あ、あと戦rいや何でもないから、何でもないんだからね!】
【いくつも願うと叶わないって言うから。私は1つだけにするわ。世界の全てが私のものになりますように! 縁寿様もさくたろも姉様達も妹達もみんな私のものッ】
【ちょっと、みんな長く書きすぎなのよ! 読んでくれる人の苦労も考えなさい……! ああもう、だから欲張り過ぎだって言ってんの。全然関係ないこと書かないでよ、紙が勿体ないでしょ!? え? 私? 私が1番長い? ……くぅううぅう!】
【拝啓、天の川の皆さん。姉妹達が迷惑をかけてすまない。何か手伝えることはあるだろうか】
「サタン、願いごと出来なかったんだな。んでルシファーは何を言いかけたんだ?」
「戦人様の鈍感さが治る、ということなら、私も願いたいものですね……ぷっくく」
「はぁ?」
面白そうに笑うロノウェに、戦人は訝しみながら隣の束を取り出した。
【鯖はいくらあっても足りません】
【誰か遊ばない? もちろんイケメンには限るけど】
【戦人様の鈍感さが治りますように。ぷっくっく】
「……本当に書いてやがるし」
「ぷくく」
【べるーん、『願いごとなんて馬鹿馬鹿しい』って言う? 言うわよね?】
【1番の馬鹿が目の前にいるから言わないわ】
【そろそろヘソの噛み方教えてくれてもいいんじゃなァいィ?】
【ベアトの黄金郷に行けますように。うー!】
【にんじんだにぇ】
【シエスタ一同、本年も健やかでありますように】
【ブーツは冤罪であります】
ブーツ? 小首を傾げながらも、本人にとっては重要なのだろうと深くは考えないようにした。
――――
戦人は、読み終えた短冊達を、段ボール箱に戻し始めた。
……これで全部、なのか?
記名は一々確かめなかったけれど、内容と口調で把握出来る。
ここにある分は、この幻想世界の住人の書いた短冊。
だから、この中には、自分を除いてもあと二人の、願いごとがなくてはならないのだ。
1人はグレーテル――否、縁寿。自分達が帰ってやれなかった世界の、孤独なカケラの、妹。
彼女は、消えてしまった。他ならぬ自分のせいで。だからこの場にいない彼女は、筆をとることは出来ない。
……それなら、もう1人は?
「なあロノウェ。ベアトは?」
ロノウェはわざとらしく息をつく。さらにわざとらしく肩の高さまで手を上げて、やれやれという仕種を取った。
「残念ながら、お嬢様は書かぬと頑なでして」
「……そうか」
ベアトリーチェが書かないなら、自分が書く義理もない……と、思いはした。けれど結局、戦人は紙を受け取っていた。
降るような、とはよく言ったものだ。ガラス越しとはいえ、青白い粒子が花吹雪のようにチラチラと、夜空という空間を満たしていた。
あの赤く燃え滾る揺らめきは篝火だろうか。せめぎ合いに敗れて堕ちてきた星を、跡形もなく焼き尽くしてしまうようだ。
――願いごとなんて、決まっている。
「このゲームに、一刻も早く勝利する。そして縁寿のもとへ……帰る」
そう書けば良い。
オホシサマが叶えてくれるとは正直あまり期待していないし、無論自力で成し遂げるつもりだけれど。
……だったら、誓いとして記せば良い。
そう思いながら、たった1人、喫茶室に座り込んでいた。
万年筆を握り締める手が汗ばんでいる。大分長く、強く掴んでいるから。
それを迷いと呼ぶのなら、自分は他人が言うほど真っすぐでも義理堅くも……博愛でもない。
「ば、戦人! 何故いるのだ!」
扉が開いた。
声の主を直ぐさま悟って、戦人は慌てて振り返った。
……ベアトリーチェ。
約1日ぶりに見るその見慣れた姿に、少しばかり――そういうことにしておく――ほっとした。
「何故ってお前こそ……ああ、なるほど」
ベアトが咄嗟に後ろ手に隠したもの。見てはいないが、予想はつく。
……どんなに恥ずかしいことを書いたんだろうか。
人がいるとは思わなかったのか、狼狽えてわなわなと震えていた。
「奇遇だな。俺も今書いてるところだったんだ。交換してみないか?」
「な……」
「いやなら強制しねぇけど」
戦人は苦笑する。
ベアトリーチェは、戦人の短冊を見つめ、うずうずと身もだえたかと思うと、ふふんと尊大に鼻息を立てた。
「構わぬ」
その態度のまま、薄紅色の和紙を戦人に手渡した。
【右代宮戦人を打ち破る】
……え?
戦人は目を瞠った。
(なんで、これ、なんだ?)
「……おい待て戦人。そなた名前しか書いておらぬではないか!」
隣で、ベアトリーチェが憤慨していた。
てっきり、彼女のことだからもっとふざけた、馬鹿馬鹿しいことを願うのだろうと思って。だから、何も書いていない短冊が等価交換になるだろうと。
――こんなこと、願うとは、……願う必要があるだなんて、思わなかったのだ。
魔女でないものに、願うだとか祈るだとか。この魔女様が喜んでするとは考えていなかったのだ。
「ああ、今から書く。別に見てても構わねぇぜ」
淡い桃色の掌から薄藍の短冊を抜き取り、湿った万年筆を手に取った。
【ベアトリーチェを殺す】
多分、これが正解なのだ。
ベアトリーチェからの恋歌への返歌として、これ以外に有り得ないのだ。
(だって俺は、本当にこいつを殺すから)
――けれど、“願いごと”ってそういうものですか?
(願いすら許されませんか?)
同じ嘘を紡ぐ夜
(本音なんて書けるわけがない)
End
――――
July.7.2010
――――
時系列のせいで書けなかった方々
ゼパル【愛さえ】
フルフル【あれば】
ヱリカ【我が主のお箸を舐め回したい】
戦人「なあ、なんでこの短冊だけ赤く滲んでるんだ?」
ロノウェ「さあ、何故でしょうねぇ」
戦人「……まあ、想像はつくけどな。
どうしてあの変態探偵は、ベルンの気分を損ねるようなことをわざわざやるんだろうか。あ、変態だからか」
・A・【部下に子供扱いされなくなりマスようニ】
コーネ【早く一人前になりたいと知り給われっ】
ガート【ガードレールなりやー。ガムテープなりやー】
戦人「ドラノールにコーネリア、叶うと良いな!(三枚目は見なかったフリ)」
556【蒸し暑い季節をありがとう。順番待ちのうさ耳熱帯地獄をありがとう。全ての楼座へありがとう^^】
戦人「……? 楼座叔母さんがどうしたんだ?」
あぅあぅ【しゅーくりーむ】
ベルン「……。 つ激辛シュー」
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