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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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dear Battler


・誕生日SSですが明るい話ではありません
・EP7発売前の自説準拠なので破綻してます






1980.7.15


ベアトリーチェは、うたた寝から顔を上げた。

窓の外を見れば、みるみるうちに、景色が変わっていく。
寂れた田舎の港町に比べれば、朝焼けの頃には随分と人里に近くなっていた。
鉄の箱が、ガタゴトガタゴトと朽ちかけた線路に拙く覆いかぶさって、尚更足を速める。

ポンプの押し出すような音がして、慣性の法則に体を乱される。
何度も時刻表を見直してから立ち上がり、周りの人間に倣って箱から――足を踏み出す。
ガクンと揺れて倒れかけるのを、頼りない筋肉で堪えた。

プラットフォームに屋根があるのは、自分の世界から無限の空を奪っているわけではなくて、雨風と強い陽射しから自分達を庇う為なのだろう。
……ねぇ、やっぱりこの世界は、愛で満ち溢れているの。



乗り継ぎを、2回。そこからは歩いて行くしかない。
しわくしゃになった地図と睨めっこをしながら、ベアトは道をうろついていた。


「右代宮、右代宮……どこなの」
「あらお嬢ちゃん、ウチを探してるの?」

顔をあげると、短く調えられた銀髪の女性が、優しそうな面持ちで立っていた。見慣れない人だ。

「あっ、あの! 戦人……いえ戦人さんはいますか?」
「……。戦人君は、ここにはいないわよ」

女性は、困ったように答える。
……自分は、おかしいことを言ったのだろうか。
戦人の姓は間違いなく「右代宮」のはずだし、彼が何処に住んでいるかは半年前にしっかり聞いた。本人にも、祖父にも。
何より、この人は彼を知っているらしいのに――

「え? でも」
「あの子に何か用事かしら。よかったらおばさんが取り次いでおくけど」
「え……えと。彼はどこにいますか?」

ぎゅっと胸元の封筒を抱え込み、頭を傾ける。

「さあ? あら、もしかしてそれを渡すのかしら」
「はい」
「じゃあ、私が渡しておいてあげるわ」
「えっ、本当ですか?」

女性はにっこりと微笑んだ。
この人に、任せるしかないのかもしれない。

……自分の手で、渡したかったけれど。ハッピーバースデーと言ってあげたかったけれど。
今日、会えないならば意味がないのだから――


1979


封じ込められた小さな空も、嫌いではなかった。
この足で壁伝いに歩いても、ほんの数時間もあれば網羅出来てしまう箱庭も、居心地はそこそこに良かった。
何より、年に幾度か、その扉は開いたから。
――そして、こっそり訪ねて来てくれる、少年がいたから。

「私、魔女になりたい」

絵本の中で、小説の中で。自由に魔法を使ってみんなを幸せにしてくれる魔法使い。
あの狭い部屋の壁も、屋根も、異次元の扉へと変えてくれる、魔法使い。

「戦人さん、聞いてます?」

ふぅん、と口先で応えた戦人の腕を、ベアトは強く引っ張った。

「聞いてたぜ、魔女だろ? んなもんお伽話の中だけの存在だろ」
「なんで戦人さんは夢がないんですか!」

ベアトは小鳥のように口を尖がらせる。

戦人は、大概のことには調子よく乗ってくれる。
けれど、ことファンタジーな発言においてはその限りではない。
リアリストなのかと言えばそうは見えないのだが、魔法とか、魔女とか、そういった類ものは全く信じてくれない。
……一緒に、月うさぎの国を夢見た日が懐かしい。

この箱庭の外には、幻想を食い散らす無慈悲な魔物がいて、彼もきっとその餌食になってしまったのだ。
それが、少し寂しかった。

「だーかーらー、お前のが年上なんだから呼び捨てで良いし、敬語なんか使わなくていいんだぜ」

訪れるたび、彼はそう言ってきた。
最初は、立場みたいなものを気にしていて。現在はそんな隔たりも感じてはいないのだけれど――いまさら、恥ずかしい。
ベアトはぐっとスカートの裾を握る手に力を篭めた。
……けれど、今日こそは。勇気を出さなければ。

「うぅ、ば、戦人ぁっ」
「ん?」

素っ気なく返す戦人の返事は、語尾の疑問附が続きをせがむように聞こえた。

「な、何をしておるのだ?」
「待て、何だその口調」
「だって、敬語は駄目と言ったじゃないですか」

無意識に上目使いで見詰めると、戦人はなんとも言えない表情を張り付かせる。

「あのなぁ。だからってそんなあさっての、どこぞの時代劇に影響されたような口調はないだろ」
「やっぱり、おかしい?」
「そりゃおかしいぜ。い、いや、……可愛いとは思うけど……ッ」

戦人は、赤髪から覗かせる黒い瞳を泳がせながら、頬をやんわりと染めて言った。

「まことかっ?」
「げ……」

可愛い。彼がそう言ってくれたのが嬉しくて、ベアトは飛び付くように目を輝かせる。

失言だったかも、とうろたえる戦人をよそ目に、ベアトは「そうかそうか」と満面の笑みを浮かべた。


その様子に、「まあ良いか」と戦人はベアトを手招きした。

「あのさ、ベアト。これ手伝ってくれないか?」

万葉の色だ。或いは、天に架かる虹の。
床いっぱいに広げられた、手の平ほどの正方形の紙は、季節外れの花のようで。

戦人が大きなトートバッグから引っ張り出して来たのは、普遍的に販売されている類の折り紙。そして、それで作られた数十の鶴。

「千羽鶴?」
「ああ。本当は、お前に頼むのは気が引けるんだけど。早く1000羽にしたくて、六軒島に来てからも……兄貴や朱志香に協力してもらって作っているんだが、いかにしても量がなぁ」

けして器用とは言えない戦人が、こんな日まで折って贈ろうとする相手は一人しかいない。
……ほんの少し、妬きもちをやかない訳ではないのだけれど。

「う、受けようぞ。明日夢さんと戦人さ……には以前に妾も貰って……おるしな」

慣れない口調も、彼の「可愛い」という言葉の為に堅守しながら。
ベアトは色紙を手に取った。



それから、ほんの四半刻も経たぬうちに。
ポリエチレンの泡が弾ける。ベアトの小さな爪に潰されて、ぷちんぷちんと小さな音を立てて、弾ける。
それは「割れ物注意」と書かれた、祖父宛に送られた陶器を――外からの衝撃を和らげる為に敷かれた気泡緩衝シートだ。

「飽きたのか」
「わっ、すまぬ。でもやったら、ば、戦人……も絶対にハマると思う」
「ハマったらまずいんだが」

……ご尤もで。

「雨の音のように聞こえ……ぬか?」
「いや、あんまり聞こえねぇな」
「それなら逆に。雨の雫が地べたに爆ぜる音が、この音に似て……おらぬか」
「いっひっひ、悪い、余計にわからねぇぜ」
「ふふ……だろうなぁ」

わからないだろう。
本物の雨音を、大音量で聞いている彼にはわからない。
壁越しにしか聞こえない未知の音を。
馬鹿らしい紛いものでもそれを聞きたいと思う、この感情を。





この隠れ屋敷に戦人を迎えにきたのは、はじめに彼をここへ案内した紗音だった。

「また来年な」

今年はもう、彼が訪れる機会はない。
子供である自分達には、大人の都合に引っ張り回されながら、ちょっとだけ逃げ出すしか自由はないから。

「来年、また来てくれる?」
「ああもちろん、白馬に乗って迎えに来るぜ」
「な……っ」
「あとな」

紗音がいることも忘れ、すぐ近くで戦人がベアトに耳打ちをした。






――――Story that your happiness――――



太陽に命を吹き込まれた光の粒が、冷たく舞っていた。
水素原子と酸素原子の賜物が、轟音と飛沫をあげて絶え間無く滑り落ちる。
青白く揺らめくオーロラの詰まった壷。

下では、好奇心の塊のような幼子が親の目を盗んでこっそりと忍び寄り、苔に足を取られたのか滝壺に落ちてしまい、大変な騒ぎが起きていた。

明日夢は、それを遠目に、心配そうに見つめている。
善良な有志に助けられた幼子の泣き叫ぶ声は、こちらには聞こえない。周囲に掻き消されているのか。或いは、最悪の自体か――。

雑然とした空気が歓声に変わった頃、ようやく明日夢は息をついた。
一方戦人は、身内ごとのように柵に身を乗り出して覗く母親の方が、よっぽど心配でならなかった。

「母さん、本当に出て来て良かったのか?」
「ええ。病気なんてすっかり治っちゃったわ」

にっこり。
そんな突然、完治したと言われても信じられないのだが……。何処が悪く見えるかと問われたら、答えに窮するのも事実だ。

「おい戦人ぁ、外でまで明日夢にべったりかよ」

背後から留弗夫が、どさりと身長差のある二人の肩に両腕を落とす。
戦人は小さな身なりを用いてするりと抜け出すが、明日夢が手を取る。
観光地で、3人仲良く手を繋いで歩く親子という有りがちで微笑ましい光景は、何故か母親が真ん中にいるという、少し首を傾げたくなる光景だ。

「お父さんも、戦人に構って欲しいのよ」
「お、親父なんか興味ないぜ……ッ」

戦人は嫌がる態度をとりつつ、表情には照れも見せている。
それを隠すように、明日夢の手を引いて土産物屋の戸をくぐった。

「これ、うりぼうに似てないかしら」
「サルボボだから猿の赤ん坊だろ」

妻の頭の上からひょいと人形を取り上げ、留弗夫が言った。

「えー、猿じゃないわよ。うりぼうだわ。若しくは新種の妖精」
「母さん……、まるで妖精を見たことがあるみたいに言うんだな」
「あるわよ」

もう1度、にっこり。
戦人と――今度は留弗夫も、目をぱちくりと瞬かせ、唖然とした。

((勝てる気がしねぇ……))

「おい明日夢、戦人、あれ乗らねぇか」

一通り土産を見て回り――留弗夫が大盤振る舞いで買い上げてしまったり、そこそこの騒ぎはあったが――店を出ると、留弗夫が第一声にそう発した。
彼が指差す先を見て、二人は神妙に顔を見合わせる。
……そのロープウェイ、大分古くありませんか。

「……」
「……戦人」
「……うん」

留弗夫が子供のように浮足立ちながら歩を進める後ろで、彼の耳に届かぬ声で母子が話を合わせていた。

早くしろ、と留弗夫が振り返ると、陰が1つ足りなかった。

「母さん!」
「大丈夫よ戦人、少し目眩がしただけ。なんともないわ」
「そうなのか? 無理するなよ、病み上がりなんだから!」

膝をついて額を手の平で覆った明日夢に、戦人が支えていた。
留弗夫は直ぐさま彼女の元に踵を返す。

「明日夢、んなこと言って。帰るぜ」
「ふふ、平気だって言ってるじゃない。でも……」
「「あんなに揺れる乗り物に乗るのはやめたほうがいいと思う」」

見事なハーモニー。
留弗夫は永遠とも思えるくらいに長い溜め息をついた。

「……お前ら、言いたかったのはそこか」
「な? だから早く次の所に」
「戦人ぁー? テメェは行けるよなぁ」

がっしりと息子の肩を掴む。

「うわっ、ちょ、離せよ親父!」
「幸運を祈るわ戦人。この人が浮気しないように見張りよろしくね」
「裏切るなー―!」



「し……死ぬかと思った」
「そんな揺れてないだろうが」
「十分揺れてたっつーの!」


――――dear Battler――――


1979


「これ、なんだ?」
「ばっ馬鹿、見るな!」

戦人が手に取ったのは、1冊のノートだった。
びっしりと、少女らしい丸い文字の刻まれた、ノート。

「小説?」
「~~っ」

ページが軽やかにめくられる。
ベアトは、恥ずかさに思わずノートをもぎ取った。

「ま、まだ完成していないんです! というか失敗作なんですっ!」
「そうなのか? ぱっと見た感じ、かなり面白そうに見えたぜ」

「戦人、は、本とか読むの……か?」
「失礼だな。俺だって……い、いやそんなには読まねぇけど」

言葉を濁す。見栄を張ろうとして思い止まったのかもしれないし、本当は結構読んでいるのかもしれない。
あのテンポで何と無くとはいえ内容を把握出来るのなら――案外、好きなのかな。

「ベアトは、話を作るのが好きなのか」
「……物語の書き手は、魔法使いだと思う。無限の世界を紡ぐ、魔法使い」

あの狭い病室の扉は滅多に開かないけれど、無限の可能性の海を阻めはしない。
真っさらな紙と万年筆1本で、誰よりも広い世界紡ぎだせるのだ。

「だから私は、魔女になりたい」

誰もが幸せな世界で、何も否定されない。魔女だって悪魔だって亡霊だって存在出来る世界を……いつかは、自分の手で創りたいと思うのだ。

――尤もその為には、完成させなくてはならないのだけれど。
そう、ベアトは苦笑した。




紗音の半ば冷やかすような生暖かい眼差しを受けながら、ベアトは耳が赤くなるのを感じた。
戦人の方は気にする様子もないから不条理だ。
戦人が、いつも通りの笑顔を浮かべる。

「今度会う時までにさ。物語を書いてくれないか? ……俺の為に」
「う、うむ」

ベアトがぎこちなく頷くと、戦人がしたり顔で――優しく言った。

「そしたらさ、お前を魔女だって、俺は認めるぜ」

ベアトの表情が、ぱっと晴れる。

「本当?」
「ああ、約束だ」
「約……束……」

ベアトは、温かい言葉で胸を一杯に染め上げる。
認められたい。
誰よりも彼に。

――だから、描こう。

(貴方の為の物語を)


1980


13、4歳の、可愛らしい少女を見送って数十分。
霧江は、玄関先のタイルの上に立ち尽くしていた。
茶色い封筒から引き出した、紙の束を握り締めて。

「――何よこれ」

勢い任せに思いきり、不揃いな砂利に叩きつけると、ばらりと白い蝶が舞った。

「明日夢? 戦人? 何このゲロカス妄想、笑止千万だわ! 留弗夫さんは私のものよ! あの女狐はもう死んだ、息子も追い出した。なのに……」

ぐしゃっ。
それを――踏み付ける。強く、強く。
文字が破れて、滲んで、跡形もなく。

尖ったヒールに潰されて、無限の愛に溢れた世界はボロボロに壊されてゆく――

「こんなもの見せつけてんじゃないわよ、あのクソガキが!」

たった1人、霧江は肩を震わせながら咆哮した。
……くすくす。くすくす。
荒い呼吸の音が上擦った笑声に変わり、揚句心底面白おかしいかのように声帯を震わせる。
パンプスを脱いで、丁寧に揃える。
悠然とリビングまで歩いて行き、呼吸を調えてから受話器を握る。
記憶に頼りながらダイヤルを回し、耳元で鳴る呼び出し音を数えた。
ぶつりとそれが切れると、奥で少年の声がする。

「誕生日おめでとう、戦人君」

自分の声に、この子が絶句したのが面白くて仕様がない。

「私からのバースデープレゼント、見てくれた?」

霧江は、顔も見たくない明日夢の息子が、今どんな顔をしているのか、伺ってみたいほどの優越感に駆られた。

「あなたのだぁい好きなママの写真、1つ残らずそっちに送ってあげたから、感謝してちょうだいね?」






HAPPY BIRTHDAY Battler!



End



――――

July.7.15


ベアト=南條孫説を採っていた当時のものです。
本当はもっとわかり辛い構成にしたかったのですが、やっぱりギリギリに書いたので時間がなくw
作中作モノなので、できるだけ鬱陶しい文章を心がけたのですが悪い方にしか働いてませんね……(汗)

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