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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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二言目には" " Scene3

Scene3 バレンタイン前日:戦人とワルギリア

気付いたのは偶然だった。
ロノウェに用事があった戦人は、彼の元に行こうとしていた。
その道程で廊下に白い粉がバラ撒かれているのに遭遇したのだ。
ちなみに真横のドアは調理室。

「なんだ……こりゃあ」

場所が場所だけに、多分小麦粉か何かだろう。
古戸ヱリカ辺りなら『事件の臭いです!!』とか言い出して粉を舐めて確認、なんてこともしかねないが、戦人がそんなことをするわけがない。
というかヱリカしかやらない。

とはいえ、気になるのも事実。
戦人はなるべく靴を汚さぬように間を縫ってドアの前に辿り着く。
そしてガチャリと開く。が、彼は室内に入ることが出来なかった。
外開きのドアを半分引いたところで、彼の顔面にやかんが飛んできたからだ。
スコンと良い音を立ててぶつかった額を左手でさする。

「いってぇえ! 何なんだよ!?!」

見れば、そこは空き巣でも入ったかのような惨状。
よくもこんなに出してきたという程の調理器具と食材の山。
試行錯誤しまくったのか、大半が封が開いていたり使いかけだったりで中身が飛び出し、室内は"足の踏み場がない"と言うのも生易しい。

一部には露骨に怪しい魔術書やら薬草? やら、……。うん、これ以上はノーコメントで。
いったい何に必要だったのか。
またか、と戦人は背筋が空寒くなった。

「……ツッコんだら負けなんだよな。包丁がぷかぷか浮いてるんだが」

飛んできたのがやかんで良かった。本当に良かった。

「さて、どうするか」

犯人はだいたいわかる。
消去法を考える必要性すらない。
そして"彼女"が行動を起こした理由も、一応は。

「……片付けるか」

仕方ない。
見てしまった以上他に選択肢はないわけだし。
ここで誰かに頼む、なんてことをしたら男としてどうか。

「戦人君?」

別に悪いことをしようとしていたわけでもない(寧ろ逆な)のに、思わずギクリとする。

「ワ、ワルギリアかよ。びっくりさせやがって」
「びっくり? どうしてですか?」

ふふふ、と口元に白い手を当てて笑う。
その仕種は普段と寸分も変わらないのだが、何故か恐い。
目が笑っていない。
糸目だからわかりにくいけれど。
とにかく背後から後光の如くオーラが出ているのだ。

「い、いやただ片付けを」

そして何故か言い訳? する自分。
ワルギリアもすぐに状況を理解したようで、成る程、と一言だけ呟いた。

「じゃあ頑張って下さい」
「あ、あぁ」


……。

…………。


動かない。
立ち去る様子も手伝う様子もない。
彼女らしくもなく腕を組んで戦人の動向を見ている。

……。

「ワ、ワルギリア?」
「手伝いませんよ?」

きっぱりと言う。

「い、いやそういうんじゃなくて」
「頑張って下さいね」


……。

何なんだ、本当に。
見張られてるような気分になりながら、黙々と作業を進めていく。

「その鍋は二つ左の棚です」
「あ、あぁ」
「そこの蛙は一番下の箱に」
「ああ、――ってちょ! 待てこの蛙生きてるぜ?! あ、こら逃げるなッ!」

そもそも何故蛙がいるのか、という疑問をすっ飛ばしているところは、彼もこのメタ世界に慣れきってしまったということだろう。

15センチあまりの濃緑の蛙は、ぴょこぴょこと室内を跳ね回る。
戦人が捕まえようと蛙に近付くと、彼の手をスルリと摺り抜けてしまう。
結果惨状が悪化するのはいたって当然だった。

「つ、捕まえたぜ……」

彼が息がかった声でそう言うことが許された時には、既に一時間あまりが過ぎていた。

「よく考えたら蛙はほっぽっといて他先にやるべきだったか? いや、それじゃ整頓されたのまた崩すことになるのか」

ぶつぶつと独り言を言いながら進めていく。
だいたい三分の二程度片付いたという頃。

パチン。
ワルギリアが指を鳴らす。

ガシャン!
その刹那、青い閃光が渦巻いたかと思えば。
片付いたうちの約半分が瞬く間に崩壊する。
整理するに掛かった時間を思えば、その呆気なさは酷く無情。

「ワルギリアァアアァァ! 何やってんだあぁあぁぁ!!」

「頑張って下さい」
「頑張れるかあぁああ! ここまでやるのにどんだけ掛かったと思ってるんだ! あんた見てただろ!」

「頑張って下さい☆」

「可愛く言っても駄目だぜ全然駄目だぜぇえぇぇ!」
「頑張りなさい、やると決めたんでしょう」

……う。
それはそうなんだが。なんか釈然としない。
いや納得する奴がいたらそいつは相当おかしいだろう。
ただ突然真摯な表情をされ、やる瀬なさを得る替わりに怒りは削がれた。

まあいい、こんな論争していても時間の無駄。やり直そう。
頼むからもう邪魔はしないでくれ。

……。

薄藍の長い髪はやはり一向に翻りそうにない。
ただそこで、見ている。

――彼女は自分に何を求めているのか。

ワルギリアは意味もなくこんなことをするような魔女じゃない、と思う。
思い当たる節はいくつもあるのだが。
そのうちのどれなのか。(或いは全て……か)

「ワルギリア、怒ってるよな……?」
「そう見えますか?」
「ああ」
「では逆に聞きましょう。私が何に怒っていると思いますか?」

やっぱり、怒っているのは間違いないらしい。

「そうだな、下位の俺が熊沢さんのおっぱいプリン食べたこととか?」
「え、ちょっと待って下さい何言ってるんですかというか何やってるんですかえええ!?」
「いやいやだから俺じゃなくて駒の方だって!」
「結局あなたじゃないですか!」
「俺は無実だ! って違うのか。じゃあワルギリアの鯖を」
「鯖になにしやがったオラァアアァァアァ!!」

「うん違うんだな! 落ちついてくれキャラ変わってるぜ!」
「鯖」
「悪かったから!何をしたか説明もしてないがとりあえずワルギリアの鯖に触れて悪かったぜ!」

憤るワルギリアをなんとか宥める。

「はぁ、スゲェ疲れたぜ」
「私の苦労が分かりましたか?」
「へ?」
「あの子が何かするたびに色んな物が壊れてくんです」
「あ――、そうだな確かに」

確かに最初は"あいつ"の後始末をしていたが……自分の疲労の原因、全部それだったか?
疲労でなかなか回らない頭を捻る。

「でもあの子は真剣です。だから私もあの子の後始末をやってもいいと思うのです」

想いを馳せるように。
その表情を見れば、彼女がどれほどベアトを大切に思っているのかが解る。

だから、確信する。
どうしての訳は。
ベアトを泣かせたこと。

……他にあるはずがない。

(馬鹿だな……。あの時この人がどれほど必死だったか。それを考えれば当然じゃねーか。その後奇跡が起きて。それで赦されたと思い込んでいた)

「……悪かった、反省してるぜ」
「どうして私に言うのですか?」
「――ワルギリアにも言うべきだと思った。もちろんあいつにもちゃんと言ったぜ」

謝って赦されるほど軽い罪ではないとわかっているけれど。

「……そうですか」

……。

「それにしても、ワルギリアって片付けとか手でやってたんだな。魔法やりゃ一発だろ? 魔女なんだし」

沈黙に堪えられず、茶化すように口を開く。

「あなたも魔術師でしょう? 使えば良いじゃないですか」
「……。そういやそうだった!」
「忘れてたんですね」
「……ッ無能って言うなよ、言ったらクビだからなッッ! ベアトの側近としても!」
「あらあら、それは困りますねぇ。側にいられなくなってしまいます。でもベアトの赤があるので、否定するとロジックエラーになってしまいますね? ふふふ」
「言わなきゃ良いんだよ何も! くそぉ、まだいじめる気満々の顔だな。ロノウェといいあんたといい、人をいじめてそんなに楽しいかよ」
「ええ(きっぱり)」
「ひでぇ!」

嬉々としてからかうワルギリア。
間違いなく、ベアトのあの性格は育ての親似だと確信した。
戦人は中から不気味な液体の零れる空き瓶を拾うと、周りの床を雑巾で拭う。

「どうしました?」
「やめとくぜ、魔法は使わねぇ」
「ふふ、何故ですか?」
「わかんねぇけど、やめとく。自分でやりたい」

ワルギリアはふわりと柔らかな笑みを浮かべる。満足そうに。
そして、彼女もまた散らばった品々を拾い始めた。

「ワルギリア……」
「ちんたらしているのが見ていられないからですよ」
「そ、そうっすか」

きっぱりと言い切られ、思わずたじたじとなる。
有限の魔女はふぅ、と一つ息を吐いた。

「ちゃんと、愛してるでしょう?」

そこに、愛があるならば。
今回だけは見逃してやる、とでも言うように。

だから、戦人は羞恥を捨てて言う。

「……ああ、愛してるぜ。そこんとこだけは心配すんな」
「あらあら、じゃあ他は心配ですね? ふふ、まあちゃんと責任取ってくれましたからね、もう許しますよ」

程よく熟したオレンジを箱に詰めながら、語るワルギリアは穏やかだった。



戦人が少し離れた隙。
ワルギリアはポツリと呟いた。

「ほっといても、あの子のチョコで十分罰は当たりそうですからね」

……義理チョコ宣言の八つ当たりはまだ済んでいなかったようだ。


「あ、ワルギリア!!後でちょっと付き合って貰いたいんだが」
「? 良いですが、何でしょうね?ほほほ」




「……。なんでワルギリア様と戦人様が?」


(主語はちゃんと言うべきです)


――――

February.12.2010

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