桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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絶対幸福論 1
(それは、歪んだカケラの中で)
硬い床に自身の身体が染み込んでいくような。
若しくは、重力概念を失った浮遊感。
どちらかというなら後者だ。
しかしはっきりとは表せない。
弱い抵抗、零にも近い。
(私は、誰)
ようやく朧げながら取り戻してきた意識を、自分の存在自体に掛ける不自然。
自分が目を閉じていることを理解し、瞼を開ける。
それすら動かす為の自覚が困難だった。
そして状況は変わらない。
眼を開けた先も深淵の底の闇。
則ち、瞼を通そうが通さまいが寸分も違いはない。
何かが視覚出来ると期待していた彼女は、再び同じ不快感に襲われる。
(不快感、違和感……違う、何?)
それは、魔法に触れた者だけが味わう感覚。
ニンゲンの領域では、到底知り得ないものだ。
(思い出せ、私は誰。どうしてここにいるの?)
言葉を覚えている。
自分が女だと知っている。
魔法を理解している。
痛みを伴わない身体に、爪と思しきものを突き立てる。
童話の魔女のような長ったらしい爪ではないが、それでも食い込む感触がある。
(思い出せ、例えば痛みの感覚を)
力を込めると、プチンと呆気なく血管が切れる音がした。
「い、痛……っ」
ようやく取り戻した痛覚。
しかし、その僅かな痛みの直後に、猛烈な衝撃を受ける。
「…………ッ!」
身体が千々に引き裂かれるような。
熱い血液が沸き立って内から崩壊させていく。
堪えられない苦痛に、彼女は念じる。
この激痛を癒して。
すると拍子抜けな程あっさりと、縁寿は苦しみから解放された。
そしてまたあの浮遊感が来る。
結局、無の世界か激痛かしか選べないということだろうか。
そう言えば、地獄の最下層は何も無い場所だと聞いたことがある。
皮膚が破けるのも生易しい熱い熱い熱湯地獄も、不気味な血の海も。
見るだけで悍ましい鋭く尖った剣山や針の山も。
……無の狂気には敵わないという。
(じゃあ私はそこに来たの? ……いいえ、痛みがあるだけマシかしら)
縁寿は自嘲気味に溜め息をつき、独りきりの世界に視線を泳がせる。
……そう、一人きりだったはず。
「だ、誰!?」
「無礼ね。せっかく様子見に来てあげたのに。グレーテル……いえ縁寿?」
闇から姿を現したのは、深い青色の長い髪に同じ色のドレスを纏い、何故か尻尾を付けている少女。
そんな超自然な光景も、魔女世界では些細なことだけれど。
「ベルン……カステル」
「お久しぶりね、縁寿。元気そうで安心したわ」
ベルンカステルは無表情にそう言いながら、尻尾を弄っている。
彼女の本性を知らぬ者なら、容姿の愛らしさも相伴って可愛らしい仕種に見えるだろうそれも、生憎縁寿から見れば、片手間に挨拶しているだけの、失礼この上ない行動だった。
「あなたが暇してると思ってね」
退屈は魔女を殺す毒。
「駒がどうなろうと私は構わないけれど、あなたはちゃんと『役目』を真っ当してくれたお利口な駒だから、ご褒美に遊んであげるわ」
「……遊ぶ方が目的でしょう」
本当にあなたはお利口さんね、と笑う。
普段無表情なこの魔女の笑顔は、他人を玩具としか思わない残酷さ――そして彼女のそれは幼さすら伴わない――を持っている。
「面白いカケラを見つけてきたの。ベアトのゲームでは絶対に使われないカケラよ」
そう言うと、ひらりと髪を翻す仕種の延長で右手を掲げる。
一見何も無い空間だが、この世界に存在する全員、つまり縁寿とベルンカステルさえ信じれば、そこにカケラは存在する。
次第に、輪郭を見せて始めた水晶の破片。
「このカケラは、幸せな縁寿のカケラ。この世界の縁寿は一人ぼっちで置いてかれることはない。何より戦人が六年前に家を出るというイベントの起こらない世界……そして“絶対に”魔女に勝てるカケラ……あら、ラムダの台詞とっちゃったわね」
“絶対に”魔女に勝てる。
成る程……だからベアトリーチェは使わない、と。いや、それだけじゃない。
確かベアトリーチェは10月4日と5日の二日間に囚われていると言っていたから、それ以前の素地が全く違うゲーム盤を使用できない、そうも取れる。
「私が置いてかれない……そんな世界、存在するのね」
「カケラは無限の可能性よ。あらゆる可能性が存在する。そしてベアトリーチェはその全てを知り得ない。無限の魔女が聞いて呆れるわね、これは彼女の支配外のカケラなのよ」
そのかわり、『彼女の用意するゲーム盤』の答えをベルンカステルは知らないのだけれど。
でもまあ構わない。ヱリカを上手く利用すれば、あんなお粗末な物語簡単に暴けてしまうだろう。
「それでどうするの? 見たくない? ……幸せな自分を」
「別の世界の『私』に嫉妬させて愉しむって? 冗談じゃないわ」
「……」
「……と、言いたいところだけど、良いわ。生憎、自分を嫉むほど飢えてるつもりはないの。受けて立とうじゃないの」
「そう言ってくれると思っていたわ」
クスクスクスクスクスクス…………!!
さぁ、覗いてみましょう。
素敵なカケラを。(私にとって)
* * * * *
六軒島。嵐の前の静けさは、青空には少し仄暗い。
うみねこは、やっぱり鳴いていない。
どこまで相違があるのか興味深いのだが、とりあえずここまでは、グレーテルとして観劇した第四のゲームとあまり変わらないように見えた。
勿論縁寿がゲーム盤上にいることを除けば。
「……くすくす、本当にそう思っているなんてね」
もう一度、時間を巻き戻してみましょうか。
ベアトの盤同様、空港からがフェアよね?
* * * * *
「あらぁ、一年で随分大きくなったのねぇ? 縁寿ちゃぁん?」
「こ、こんにちはえば伯母さん……っ」
「うふふ、いい子ねぇ」
少し苦手な絵羽にいきなり話しかけられ、戸惑う縁寿。
「姉貴ーその微妙に威圧的な笑顔やめてくれよ。縁寿困っちまってるぜ」
「失礼ねぇ。そんなことないわよねぇ? 縁寿ちゃん」
コクコク。
縁寿は慌てて頷く。
その様子は明らかに取って付けたものだったが、絵羽は満足そうに留弗夫を見据える。
「ほらぁ」
「……縁寿ー、なんで処世術覚えてんだよこの歳で」
「あら、空気が読めることは生きてく上で重要よ? さすが私の娘ね」
「はっはっは、霧江さんの言う通りやで! そやけどそれはあくまで大人の世界での話や。子供は無邪気でいいんやないかな」
秀吉がそう言うと、大人達はそうだそうだと相槌をうつ。
絵羽がなにそれ厭味ぃ? と聞くと、待合室の片隅は和やかな雰囲気で包まれた。
「……いや、縁寿ただビビっただけだろ」
「どっちでもいいんじゃないかな、戦人君」
大人達に囲まれてあたふたとする縁寿を尻目に、実はそれ以前までは質問攻めにあっていた戦人と譲治が談笑している。
「遅れてごめんなさい!」
「遅いわよぉ、楼座」
しばらくすると、楼座と真里亞も到着する。
その途端、絵羽達の話の矛先は彼女達に移り、縁寿はようやく幼心に安堵するのだった。
「うー! 戦人! うーうー」
「久しぶりだぜ真里亞!」
「久しぶり! うー」
兄姉に捕まった楼座から離れ、真里亞は一目散に戦人の元へ駆け寄る。
その勢いのまま抱き着くと、まるで犬や猫のように首元にすりつく。
「うー、戦人、戦人」
「おお?随分甘えてくるなぁ真里亞ぁ」
「あはは。本当に仲がいいね。一年に一度しか会わないとは思えないよ」
「うー?」
「いっひっひ、真里亞は大人になったチチ揉ませてくれるんだもんなぁ?」
「うー!」
ギラリ、と背後から視線を感じる。
鋭い視線が一つ。
憐れむ視線が一つ。
あとは呆れた溜息ばかり。
「い、いやですよー楼座叔母さん。冗談に決まってるじゃないっすか」
「そう……なら良かったわ。でもあんまり変なこと吹き込まないでね? いくら戦人くんでも怒るわよ」
「す、すみません……」
「うー?」
飛行機から降りると、戦人はへたりこんだ。
年に一度のこととは言え、『揺れる・速い・堕ちそう』な乗り物を乗り継がなくてはならない親族会議は憂鬱だった。
「まあまあ戦人君。船は減速してもらうから」
「あ、ありがとよ、兄貴」
* * * * *
耳障りなクスクスというベルンカステルの声も止み、二人きりの世界は静寂をとり戻していた。
もっとも、彼女は縁寿の反応を見て愉しんでいるのだから、不快には違いない。
……見直したが、別に変わったところは無い。
いつも通りのカケラではないのか。
(いいえ、チェス盤をひっくり返すのよ。例えば、私の見た第四のゲームも例外だったとしたら?)
「一応言っておくわね。あなたが今考えてることは不正解よ」
ピシャリと構築に亀裂を入れる声に、顔を上げる。
ベルンカステルは、涼しい顔で立っていた。
心を読まれたか、それともカマをかけられたのか。
「別に、私はこのカケラで間違い探しをしてほしいわけじゃないの。ただ、あなたがあまりに“可哀相”だったからヒントをあげただけよ」
可哀相……?
何が可哀相だと言うのか。
そんな風に検討違いの気を使うなら、最初から持って来なければ良い。
ふう、とベルンカステルが息を吹き掛けると、凍り付いたカケラが再び動き始める。
その行為自体に意味は無く、ただの合図。
縁寿が再開を理解すれば、それが実行されるというだけの話だ。
「答えはもうじき、嫌でも解るわ……」
* * * * *
「戦人ーあげるーうー!」
船から真っ先に飛び降りた真里亞が、ようやく訪れた大地を利き手で撫でながら感謝する――正直言ってシュールだ――戦人の前にぐい、と右手を突き出す。
「あれで減速したのかよ……」とぶつぶつ言っていた戦人は、真里亞に押し付けられたそれを確認した。
「カボチャ? 飴細工か何か?」
「うーママに買って貰ったの!!トリックオアトリートなの!」
「真里亞、逆逆。お前がくれてどうするんだー、お前のだろこれ」
真里亞はバッグをガサゴソと探ると、同じお菓子をもう二つとり出す。
「これが真里亞の分、これがベアトリーチェの分。ママのはもうママにあげたの! 四人で分けっこなの! うー!」
「いっひっひ、成る程なー、了解。じゃあありがたく貰うぜ」
切り替えが早い戦人は、飛行機→船という地獄ルートをすっかり忘れ、立ち上がる。
「じゃあいくぜ、お姫様?」
「うー!」
戦人が歩き出そうとすると、くい、とスーツの裾を引かれる。
「縁寿? どうした?」
「……」
「言ってくれねーとわかんねぇぜ」
「……なんでもない」
はあ? と思わず口にする。
その素っ頓狂な声に、先に行ってていた親族達が振り返る。
慌てて首を横に振ると、縁寿の手を握る。
「ほら、行くぞ」
すると少女はぱあ、と顔を明るくして、うん、と元気な返事をした。
――――
December.12.2009
(移転時点追記:サイトに上げた日付をメモしてなかったので、公式掲示板に投稿した日付で^^;
一年以上かけてまだこれだけとかどんだけ……(汗 )
若しくは、重力概念を失った浮遊感。
どちらかというなら後者だ。
しかしはっきりとは表せない。
弱い抵抗、零にも近い。
(私は、誰)
ようやく朧げながら取り戻してきた意識を、自分の存在自体に掛ける不自然。
自分が目を閉じていることを理解し、瞼を開ける。
それすら動かす為の自覚が困難だった。
そして状況は変わらない。
眼を開けた先も深淵の底の闇。
則ち、瞼を通そうが通さまいが寸分も違いはない。
何かが視覚出来ると期待していた彼女は、再び同じ不快感に襲われる。
(不快感、違和感……違う、何?)
それは、魔法に触れた者だけが味わう感覚。
ニンゲンの領域では、到底知り得ないものだ。
(思い出せ、私は誰。どうしてここにいるの?)
言葉を覚えている。
自分が女だと知っている。
魔法を理解している。
痛みを伴わない身体に、爪と思しきものを突き立てる。
童話の魔女のような長ったらしい爪ではないが、それでも食い込む感触がある。
(思い出せ、例えば痛みの感覚を)
力を込めると、プチンと呆気なく血管が切れる音がした。
「い、痛……っ」
ようやく取り戻した痛覚。
しかし、その僅かな痛みの直後に、猛烈な衝撃を受ける。
「…………ッ!」
身体が千々に引き裂かれるような。
熱い血液が沸き立って内から崩壊させていく。
堪えられない苦痛に、彼女は念じる。
この激痛を癒して。
すると拍子抜けな程あっさりと、縁寿は苦しみから解放された。
そしてまたあの浮遊感が来る。
結局、無の世界か激痛かしか選べないということだろうか。
そう言えば、地獄の最下層は何も無い場所だと聞いたことがある。
皮膚が破けるのも生易しい熱い熱い熱湯地獄も、不気味な血の海も。
見るだけで悍ましい鋭く尖った剣山や針の山も。
……無の狂気には敵わないという。
(じゃあ私はそこに来たの? ……いいえ、痛みがあるだけマシかしら)
縁寿は自嘲気味に溜め息をつき、独りきりの世界に視線を泳がせる。
……そう、一人きりだったはず。
「だ、誰!?」
「無礼ね。せっかく様子見に来てあげたのに。グレーテル……いえ縁寿?」
闇から姿を現したのは、深い青色の長い髪に同じ色のドレスを纏い、何故か尻尾を付けている少女。
そんな超自然な光景も、魔女世界では些細なことだけれど。
「ベルン……カステル」
「お久しぶりね、縁寿。元気そうで安心したわ」
ベルンカステルは無表情にそう言いながら、尻尾を弄っている。
彼女の本性を知らぬ者なら、容姿の愛らしさも相伴って可愛らしい仕種に見えるだろうそれも、生憎縁寿から見れば、片手間に挨拶しているだけの、失礼この上ない行動だった。
「あなたが暇してると思ってね」
退屈は魔女を殺す毒。
「駒がどうなろうと私は構わないけれど、あなたはちゃんと『役目』を真っ当してくれたお利口な駒だから、ご褒美に遊んであげるわ」
「……遊ぶ方が目的でしょう」
本当にあなたはお利口さんね、と笑う。
普段無表情なこの魔女の笑顔は、他人を玩具としか思わない残酷さ――そして彼女のそれは幼さすら伴わない――を持っている。
「面白いカケラを見つけてきたの。ベアトのゲームでは絶対に使われないカケラよ」
そう言うと、ひらりと髪を翻す仕種の延長で右手を掲げる。
一見何も無い空間だが、この世界に存在する全員、つまり縁寿とベルンカステルさえ信じれば、そこにカケラは存在する。
次第に、輪郭を見せて始めた水晶の破片。
「このカケラは、幸せな縁寿のカケラ。この世界の縁寿は一人ぼっちで置いてかれることはない。何より戦人が六年前に家を出るというイベントの起こらない世界……そして“絶対に”魔女に勝てるカケラ……あら、ラムダの台詞とっちゃったわね」
“絶対に”魔女に勝てる。
成る程……だからベアトリーチェは使わない、と。いや、それだけじゃない。
確かベアトリーチェは10月4日と5日の二日間に囚われていると言っていたから、それ以前の素地が全く違うゲーム盤を使用できない、そうも取れる。
「私が置いてかれない……そんな世界、存在するのね」
「カケラは無限の可能性よ。あらゆる可能性が存在する。そしてベアトリーチェはその全てを知り得ない。無限の魔女が聞いて呆れるわね、これは彼女の支配外のカケラなのよ」
そのかわり、『彼女の用意するゲーム盤』の答えをベルンカステルは知らないのだけれど。
でもまあ構わない。ヱリカを上手く利用すれば、あんなお粗末な物語簡単に暴けてしまうだろう。
「それでどうするの? 見たくない? ……幸せな自分を」
「別の世界の『私』に嫉妬させて愉しむって? 冗談じゃないわ」
「……」
「……と、言いたいところだけど、良いわ。生憎、自分を嫉むほど飢えてるつもりはないの。受けて立とうじゃないの」
「そう言ってくれると思っていたわ」
クスクスクスクスクスクス…………!!
さぁ、覗いてみましょう。
素敵なカケラを。(私にとって)
* * * * *
六軒島。嵐の前の静けさは、青空には少し仄暗い。
うみねこは、やっぱり鳴いていない。
どこまで相違があるのか興味深いのだが、とりあえずここまでは、グレーテルとして観劇した第四のゲームとあまり変わらないように見えた。
勿論縁寿がゲーム盤上にいることを除けば。
「……くすくす、本当にそう思っているなんてね」
もう一度、時間を巻き戻してみましょうか。
ベアトの盤同様、空港からがフェアよね?
* * * * *
「あらぁ、一年で随分大きくなったのねぇ? 縁寿ちゃぁん?」
「こ、こんにちはえば伯母さん……っ」
「うふふ、いい子ねぇ」
少し苦手な絵羽にいきなり話しかけられ、戸惑う縁寿。
「姉貴ーその微妙に威圧的な笑顔やめてくれよ。縁寿困っちまってるぜ」
「失礼ねぇ。そんなことないわよねぇ? 縁寿ちゃん」
コクコク。
縁寿は慌てて頷く。
その様子は明らかに取って付けたものだったが、絵羽は満足そうに留弗夫を見据える。
「ほらぁ」
「……縁寿ー、なんで処世術覚えてんだよこの歳で」
「あら、空気が読めることは生きてく上で重要よ? さすが私の娘ね」
「はっはっは、霧江さんの言う通りやで! そやけどそれはあくまで大人の世界での話や。子供は無邪気でいいんやないかな」
秀吉がそう言うと、大人達はそうだそうだと相槌をうつ。
絵羽がなにそれ厭味ぃ? と聞くと、待合室の片隅は和やかな雰囲気で包まれた。
「……いや、縁寿ただビビっただけだろ」
「どっちでもいいんじゃないかな、戦人君」
大人達に囲まれてあたふたとする縁寿を尻目に、実はそれ以前までは質問攻めにあっていた戦人と譲治が談笑している。
「遅れてごめんなさい!」
「遅いわよぉ、楼座」
しばらくすると、楼座と真里亞も到着する。
その途端、絵羽達の話の矛先は彼女達に移り、縁寿はようやく幼心に安堵するのだった。
「うー! 戦人! うーうー」
「久しぶりだぜ真里亞!」
「久しぶり! うー」
兄姉に捕まった楼座から離れ、真里亞は一目散に戦人の元へ駆け寄る。
その勢いのまま抱き着くと、まるで犬や猫のように首元にすりつく。
「うー、戦人、戦人」
「おお?随分甘えてくるなぁ真里亞ぁ」
「あはは。本当に仲がいいね。一年に一度しか会わないとは思えないよ」
「うー?」
「いっひっひ、真里亞は大人になったチチ揉ませてくれるんだもんなぁ?」
「うー!」
ギラリ、と背後から視線を感じる。
鋭い視線が一つ。
憐れむ視線が一つ。
あとは呆れた溜息ばかり。
「い、いやですよー楼座叔母さん。冗談に決まってるじゃないっすか」
「そう……なら良かったわ。でもあんまり変なこと吹き込まないでね? いくら戦人くんでも怒るわよ」
「す、すみません……」
「うー?」
飛行機から降りると、戦人はへたりこんだ。
年に一度のこととは言え、『揺れる・速い・堕ちそう』な乗り物を乗り継がなくてはならない親族会議は憂鬱だった。
「まあまあ戦人君。船は減速してもらうから」
「あ、ありがとよ、兄貴」
* * * * *
耳障りなクスクスというベルンカステルの声も止み、二人きりの世界は静寂をとり戻していた。
もっとも、彼女は縁寿の反応を見て愉しんでいるのだから、不快には違いない。
……見直したが、別に変わったところは無い。
いつも通りのカケラではないのか。
(いいえ、チェス盤をひっくり返すのよ。例えば、私の見た第四のゲームも例外だったとしたら?)
「一応言っておくわね。あなたが今考えてることは不正解よ」
ピシャリと構築に亀裂を入れる声に、顔を上げる。
ベルンカステルは、涼しい顔で立っていた。
心を読まれたか、それともカマをかけられたのか。
「別に、私はこのカケラで間違い探しをしてほしいわけじゃないの。ただ、あなたがあまりに“可哀相”だったからヒントをあげただけよ」
可哀相……?
何が可哀相だと言うのか。
そんな風に検討違いの気を使うなら、最初から持って来なければ良い。
ふう、とベルンカステルが息を吹き掛けると、凍り付いたカケラが再び動き始める。
その行為自体に意味は無く、ただの合図。
縁寿が再開を理解すれば、それが実行されるというだけの話だ。
「答えはもうじき、嫌でも解るわ……」
* * * * *
「戦人ーあげるーうー!」
船から真っ先に飛び降りた真里亞が、ようやく訪れた大地を利き手で撫でながら感謝する――正直言ってシュールだ――戦人の前にぐい、と右手を突き出す。
「あれで減速したのかよ……」とぶつぶつ言っていた戦人は、真里亞に押し付けられたそれを確認した。
「カボチャ? 飴細工か何か?」
「うーママに買って貰ったの!!トリックオアトリートなの!」
「真里亞、逆逆。お前がくれてどうするんだー、お前のだろこれ」
真里亞はバッグをガサゴソと探ると、同じお菓子をもう二つとり出す。
「これが真里亞の分、これがベアトリーチェの分。ママのはもうママにあげたの! 四人で分けっこなの! うー!」
「いっひっひ、成る程なー、了解。じゃあありがたく貰うぜ」
切り替えが早い戦人は、飛行機→船という地獄ルートをすっかり忘れ、立ち上がる。
「じゃあいくぜ、お姫様?」
「うー!」
戦人が歩き出そうとすると、くい、とスーツの裾を引かれる。
「縁寿? どうした?」
「……」
「言ってくれねーとわかんねぇぜ」
「……なんでもない」
はあ? と思わず口にする。
その素っ頓狂な声に、先に行ってていた親族達が振り返る。
慌てて首を横に振ると、縁寿の手を握る。
「ほら、行くぞ」
すると少女はぱあ、と顔を明るくして、うん、と元気な返事をした。
――――
December.12.2009
(移転時点追記:サイトに上げた日付をメモしてなかったので、公式掲示板に投稿した日付で^^;
一年以上かけてまだこれだけとかどんだけ……(汗 )
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