桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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絶対幸福論 3
お願いします、と頭を下げた。
堪えられないのだと彼は言った。
よく見たら、私の手には空のコーヒーカップが握られていて。
(そしてそれはまだ湯気を漂わせていた)
少年のシャツには茶色い染みが付いていた。
(そこに漂うのも)
こんなとき、相手が口を開くまで一言も喋れないのは自分の悪い癖。
……沈黙が重くて苦い。
* * * * *
ピタリ、と真里亞の足が止まった。
従兄姉達がどうしたのか、と尋ねると、真里亞は庭園の花壇を指差す。
「うーない、真里亞の薔薇がない」
昼間、真里亞が名付けた可哀相な薔薇。
仲間外れのその薔薇がどこか懐かしくて、真里亞は新しいお友達として向かえ入れた。
「ねーぞ」
「うーん、ないね」
キョロキョロと辺りを見回す従兄姉達。
けれど薔薇という一輪の花を探すその様子は、一人のお友達を捜している真里亞から見ればあまりに杜撰。
「うー! あるの、絶対ここにあったの! うー!」
ふと、視界の端に屋敷の方から来る人影が見える。
「あ、ママ!」
「真里亞? 一体どうしたの?」
「真里亞の薔薇がないの!」
うーうーと楼座の嫌悪する口癖を繰り返し、必死で自分なりに説明する。
「薔薇?」
「はい、昼間来た時僕が目印を付けたんですが……」
「ないー! ここなのに、ここなのにー! うー!」
「でもないぜー。やっぱり違うとこじゃねーか?」
朱志香は苦笑する。
自分にはここだと言い切れる根拠がわからないのだけれど。
「うー、絶対ここなの!」
「そのうーうー言うのやめなさい?真里亞」
繰り返される煩い咆哮に、楼座は少しばかり苛立ちを覚える。
蒼ざめ立ったこめかみを強く押さえると、出来るだけ穏やかな声で娘を窘める。
「うー、探してママ」
「わかったから、やめなさい」
そしてその苛立ちは段々と募っていく。
……ああどうして。
どうしてこの子は自分が止めろと何度言っても止めないのか。
「うー」
「やめなさい」
違う。
自分は娘を傷つけたいわけではない。
ただ真里亞の為に直させたいだけで、……。
(なのに、なのに……)
「うー」
「うーうー言うのをやめなさいって言ってるでしょ!?」
(どうしてこの子は……ッ!)
「ちょ、楼座叔母さん落ち着いて!」
楼座が思いきり手を振り上げると、戦人が真里亞を庇うように立ちはだかる。
甥のとっさの行動と、それを良いことにするりと戦人の後ろに隠れる娘。
一連の行為が、楼座の怒髪天を衝く。
「あなたには関係無いでしょ!? 他人の家の問題に口出し」
「……関係無かったんですか、俺は。関係が無ければ、庇う権利も無いんですか?」
切な気な瞳が、真っ直ぐに楼座を捉えていた。
そして静かに、言葉なく問い詰める。あなたはあれから、罪を重ねていないのか、と。
――――関係ないかって?
『これくらいしか、出来ないけど』
――――関係ないかって?
そんなことは……そんなことは決まっている。
『……どうして俺が、叔母さんに失望しないかわかりますか?』
「ごめんなさい。少し頭を冷やすわ」
「うー、真里亞の薔薇は?」
「使用人に尋ねてみようね。何か分かるかもしれないよ」
* * * * *
このデザートを食べ終えれば、郷田渾身の夕食も終わり。
かなり前から外は雨も強まっていたが、幸い真里亞を説得出来た為、真里亞は薔薇探しに一人残されることもなく、従兄妹揃って傘を差しゲストハウスから本邸へ移動してきた。
酸っぱい薔薇の――熊沢曰くは鯖の――ソースが見目麗しくかけられたデザート。
最後の一口を喉に押し込むと、これで終わり? と真里亞が尋ねる。
てっきりまだ食べ足りないのかと思ったが、そうだよ、という譲治の答えを聞くと、嬉しそうにスプーンを置いて自らの小さなバッグを探る。
「な、何だよそれ?」
朱志香の声を皮切りに、他の人物……特に親達が、その片翼が刻まれた封筒を凝視する。
「うー、ベアトリーチェに貰った」
「ベアトリーチェ!?」
その場のほぼ全員が、少女が口にした名に瞠目し、声を荒げた。
* * * * *
「なあ戦人。もしこの会議が終わってさ、その時まだお前が起きてたら、家族で話があるんだ」
ベアトリーチェからの手紙。
そんな怪しいことこの上ない封書は、纏まりかけていた親族会議を見事なまでにあっさりとゼロに戻した。
それから一進一退、蔵臼側が不利かという状況。
場を見繕って休憩に出た留弗夫が、先に抜け出した妻と無関係面を装っていた息子に切り出した。
「……家族で話、ねぇ。俺より縁寿呼んだらどうだ?」
家族、という単語が琴線に触れたのか、少しばかり黙り込んだ戦人は、苦笑気味に答えた。
「戦人……!」
『お前だって家族の一員だ』
次にそんなありきたりな腐れ文句が出てくることは、想像に易しい。
だから、その前に先手を打つ。
「俺はお前等の“家族ごっこ”に付き合わされてるだけだぜ」
今度は、はっきりと。
留弗夫の目を見据えて言った。
「戦人。俺はそんなつもりはなかった。たとえ、お前がそう感じたとしても、だ」
「そうかよ」
だから。
そう言ったところで、留弗夫は一旦言葉を切る。
「戦人ぁ」
「なんだよ」
「俺は今夜……殺されるかも知れねぇ」
頃合いを見計らうように、雷鳴が轟く。
その影に隠れたせいか、留弗夫は弱々しげに見えた。
「……へぇ」
霧江は話の内容を知っていたようで、ただ黙って戦人の反応を待っている。
「そりゃよかったぜ。そんなご苦労なことしてくれる殺人鬼様に菓子折りでも送り付けてやりてぇな? いっひっひ」
口調だけはいつも通りに。
だが、細められた眼と内に潜む憎しみに近い何か。
そのまま、戦人は踵を返した。
咄嗟に延ばした父親の腕は行き場がなく、虚しく下ろされる。
呆気なく閉まる扉。
残されたのは、何も反駁出来ぬ二人と冷えた空気。
十月の嵐の夜。廊下の方が寒い筈なのに、開けっ放しになっていた時よりずっと冷たい。
扉が閉じられた、乾いた音が。
(拒絶だとはっきり認識したのは久しぶり)
「留弗夫さん」
背を向け、俯いたままの夫に、霧江は意を決して話しかける。
「彼は誤解してるのよ」
「でも事実だぜ」
「……その“罪”は私のものだわ」
「元凶は俺だと、霧江は思ってないのか?」
霧江は口篭る。
それは、……。
「……でも私達は、ただ息子を護りたかっただけなのよ……?」
* * * * *
「ねえ、この世界の縁寿は本当に幸せ?」
「幸せよ」
「でも」
「何も知らないのは幸せでしょ。カケラ内の縁寿は、自分がどんな立ち位置か知らない。だから幸せ」
……そういうこと。
やっぱり、魔女の言葉は真正面から受け止めるべきではなかった。
「自分が幸せだと信じているのだもの。えーと……“白き魔法”だったかしら?クスクス。それを地でやってるわけ」
無限の魔女ベアトリーチェが、原初の魔女マリアが、そして反魂の魔女エンジェが。
黒き魔女と対峙するために使う魔法。
(今はもう、二人は黒き魔女に侵されてしまったけれど)
「あなたが“不幸”と観測したら、彼女も不幸になる」
観測者なき真実は自由に解釈可能。
例えば真里亞の日記を読み、自分が不幸だと解釈したように、上位世界の真実は下位世界を侵せるのだ。
「一応言っておくわ。私はこのカケラになんの手も加えていない。魔女幻想なんて馬鹿なもの一切ね。あなたが拒否しない限り、全ての真実を明かすわ。もちろん、一度見てしまった真実はあなたも受け止めなくてはならない。当然ね」
「なんのつもり」
「ゲームをしようと思ってね?ルールは簡単。あなたが、この世界の右代宮縁寿の幸福を守りきれれば勝ち。私はこの白き魔法を黄金の真実に昇華してあげる」
右代宮縁寿の幸せ。
自分とは違う、自分の幸福。
「何……馬鹿なこと言ってるの?」
「もしも負けたら、私はカケラ内に直々に干渉して、彼女に現実を突き付ける。そして考え得る限りの最悪の終焉を用意してあげるわ。もちろん不戦敗も同様ね」
「……最低ね」
「そうね、別に構わないわ。受けるなら、ちゃんと赤でよろしく」
ベルンのこの"遊び方"は、白き魔法への、そしてこのゲーム盤への冒涜。
ベアトリーチェと兄のゲームに対する。
何故だかわからないけれど、そう思った。
「……ええ、受けるわ。もう、今更ね」
奇跡の魔女は赤で宣言した。
もしも縁寿が負けたなら、この駒をどうするのか。
けれど逆も宣言した。
もしもベルンカステルが負けたなら。
だから、挑む。
奇跡の魔女に魅入られた、この憐れな"自分"を見捨てることなどたやすいけれど。
それでもそれは、黒き魔女に屈服したことになるのだから。
「ベルンカステル……! あんたなんかに、"私"の運命は変えさせない!」
――――
February.9.2010
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