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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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絶対幸福論 5

清々しい、とはどう転んでも言えない朝だった。
ボイラー室の鍵は掛かっていた。鍵はあるべき場所になかった。

不気味な紋様の描かれた扉を破ると、無惨な屍が三、四……五。

そこには、凄惨な血の海と生肉しか存在しなかった。否、すっかり焼け焦げた、老人の窯焼きもあったが――――。

中庭に繋がる扉には、次期当主だった男の躯が寄りかかっている。
扉は僅かに開かれ、その隙間に置かれた蔵臼の右手の指は、――10本?
絵羽は血の沼をかい潜り、そろりと扉を開く。

「ひいいいいッ!」

夏妃だった。
扉を挟んで寄り添うは、降り濡つ雨にさらされ、血を洗い流す殉教者。
確かに扉に裂かれはしていたが、繋がれた手が第二の晩で無いことを主張している。

「うわあぁああぁぁあぁッ!!!」
「母さん、父さん!」
「ちくしょう、親父に霧江さん! 何で、何で!」
「御館様……源次様……」遅れて現れた者達が泣き叫ぶ。

金蔵は、煉獄の炎にて焼かれた。
源治は大いなる鎌に首を切り離され、胴体は中央に、首は従うべき当主の傍らに。
留弗夫と霧江は魔女の鋼にて腹を裂かれ、隅に横たわる。
蔵臼は左腕を、夏妃は右腕をもがれた様で。遺された手を固く握り合い、寄り添い合う。
(彼女はついに、片翼を手に入れたのかもしれない)

「皆さん、残念ながら息はありません」

一人、検死の為残っていた南條が言う。
誰も驚きはしなかった。

死体になってるのは金蔵、蔵臼、夏妃、留弗夫、霧江、源次の6人。
そして今ここにいるのが、絵羽、秀吉、楼座、朱志香、譲治、戦人、縁寿、真里亞、紗音、郷田、南條の11人。



「あ、あれ? 嘉音君は? 嘉音君はどこ!?」

朱志香が叫んだ。一人、足りない。

「大変だ、捜さなくては!」
「もしかしたら彼も……」

動揺が広がる。朱志香や紗音は今にも走りだしそうだ。

「落ち着きなさい! 使用人一人捜す余裕なんかないわよぉ!」

絵羽の叱責が響く。
朱志香は弾かれたように反駁する。

「何言ってんだよ絵羽叔母さん!? 使用人!? そんなの関係ないんだぜ! 嘉音君が……嘉哉君が……」
「黙りなさい! 頭悪いわねぇ本当にぃ!」

無慈悲な罵詈騒言が飛ぶ。
蔵臼も金蔵もいない今、右代宮の最高位は彼女。秀吉の仲裁も聞かない。
紗音は冷静になったようで、譲治にしがみいたまま情勢を静観している。

こんなことになった今、なるべく全員で行動した方が良いに決まっている。
嘉音を捜すことは、当分の安全が保証されたその他大勢を危険に晒すこと。
だから、多少言い過ぎだと感じていても、朱志香に同調する者はいない。



――それだけでは、ない。

戦人は、気付いていた。

この場にいない嘉音を。
皆、疑っているのだ。

そして今。
彼を怪しみもせず庇い、揚句捜索を主張し始めた朱志香にも、その目は向けられた。


もしも、昨夜中。
二人が内密に会っていたことを知ったなら。
彼女の心証は最悪だろう。

戦人は壁に寄り掛かり、見つめることしか出来なかった。
握りしめた、二人分の小さな手と共に。


*   *  *  *   *


第一の晩。
六体の生贄を確認。現時点で生存する人間の過半数の認知により、これをもって完成宣言。

「……は?」

上位世界。
縁寿はベルンを睨み付ける。紫の濁った瞳が、無言で先を促した。
――この状況、過度な冷静さは必要ない。かといって熱くなりすぎてもいけない。

「何よこれ、なんでお父さんとお母さんが第一の晩に選ばれるの?」
「鍵が選んだんじゃないかしら」

奇跡の魔女は変わらず飄々と答える。堪らず、声を荒げる。

「私が勝てば現実を突き付けないんじゃなかったの!? なんで第一の晩で死ぬのよ! 元も子もないじゃない!」
「問題ないじゃないの。貴女の幸せの最低ラインは戦人が生き残ることなんでしょう? 留弗夫と霧江は諦めるんでしょう? くすくす」
「はあ? 誰がそんなこと言ったのよ!」
「何度も言ってるじゃない。『お兄ちゃんだけなら取り返せるかもしれないの♪』って、クスクス。夢も見たんでしょう? 明らかに深層心理の顕れじゃないの……戦人だけでも良い、という」
「ふざけないで! そんなわけ無いじゃない!」
「『例えそうだとしても、このカケラの縁寿には関係ない』ものね?」
「――――ッ」

その通りよ、と呟く。ベルンから視線を逸らして。
認めてなんかいないのに、上手く誘導されたことは自覚している。駄目だ、落ち着こう。このままでは……敵わない。

「ほら、貴女のターンよ。それとも私からで良いのかしら」
「……私からよ」
「くすくす。そうね、たった6人死んだ程度で落ち込んでターン譲ってたら無能なお兄ちゃんとおんなじだものねー?」
「……言ってなさい」

琴線に触れる言葉を次々に吐く。確かに最初からいけ好かない魔女だったが、ここまで白地まな暴言はこの世界に来てからだ。
――きっとこれが彼女の本性なのだろう、と縁寿は分析していた。
再び感情的になるのを押し堪えて、暫くの沈黙ののちに、青き真実を紡ぎ出す。

「……戦人は朱志香を庇わず私と真里亞お姉ちゃんの手を握っていた。戦人は無意識に兄としての感情が働いたと推理できるわ
「あら、どちらから握ったのか主語がないわ? 小さな、という表現から縁寿と真里亞だということは推測出来るけれど、貴女が勝手に握っていただけかもしれないわね

縁寿は言葉を失った。
何と言う暴論だろう。握った側の主語がわからない? 前後の文で推理出来るではないか。
尤もそれがベルンの指し手なら仕方ない、こちらは復唱要求すれば――。




否、……出来、ない……。

彼女は赤で宣言しているのだ。
『自分はこのカケラに手を加えていない。全てを晒している』――と。

ベルンが『探し出してきた』という話とも結び付く。ベルンは既存のカケラを見せているだけで、紡ぎだしたわけではない即ちこのカケラに含まれる創造主の意図は知らないのだ。
それはつまり――、『創造主が綴らなかった部分は、彼女にも復唱出来ない』ということ。

真実でないが故の復唱拒否ではない。
たった一つの真実と断言出来ないからこその復唱不可能。

「…………特定も出来ない変わりに否定も出来ない。青は有効なはずよ。少なくとも、戦人は拒絶しなかった

そうなれば返し手は一つだ。
武器である復唱要求が使えないのならば、それこそを武器にする。
赤がないことは無限に可能性が広がることであって、真実を突き止めようなどと無駄に息を巻かなければ、必ずしも勝利の妨げにはならない。それどころか限りない選択肢をもたらす。

「有効よ。ここは譲ってあげるわ。『ここは』ね?」
「……」

強がり? と返しそうになって、やめる。そんな訳がない。ベルンカステルは虚勢を張ってなどいない。白雪姫が貪った林檎のように不自然に朱い唇が歪んだことに気付き、そう考えた。
――事実、ここは篭手調べでしかないのだ。

(まだ、第一の晩が『起こった』だけなのだから)

本当の意味の惨劇は、ここから――。


*   *  *  *   *


「嘉音君が犯人!? は……絵羽叔母さん、何言ってるんだ? そんなわけないんだぜ!」

朱志香は馬鹿馬鹿しいとでも言うように吐き捨てる。

事実、彼女にとってみれば馬鹿馬鹿しいことこの上ないのだ。
何故なら『完璧なアリバイ』があるのだから。そう、自分と一緒にいた、という。

否、例えそれがなかったとしても疑うことは絶対にない。

朱志香はこの中の誰よりも『今の嘉音』を知っている。
かつての、自分を家具だと称して自己を見失っていた彼ではない。
他ならぬ朱志香と共に過ごす中で、自然に笑えるようになった彼。
前途は洋々ではないけれど、それでも手を取り合って頑張ろう――、そう誓い合った恋人が、こんな過ちを犯す筈がないと朱志香は知っているのだ。

けれどその理論は、あくまでも朱志香の中でしか通用しない。


一緒にいた? ――ふぅん庇うのぉ? それとも貴女も仲間ぁ?

彼がそんなことするはずない? ――どうかしらぁ。少し唆せば乗ってきそうじゃなぁい。そうなれば怪しいのは右代宮の人間ねぇ? え、私? あらぁそれ彼が犯人の手先だって認めるのぉ?


どんなに主張しても、届きはしない。第三者の証言ではないからだ。共謀することが十分に有り得る関係。
皮肉にも朱志香が絶大な信頼を託す理由こそが、皆が嘉音を疑い続ける要因だった。

反応から見て朱志香は無関係であり、ただ純粋に恋人を庇っているのだろう、と考えている者もいた。
両親が犠牲になっているのだ。
普通なら同情をかけられる可き立場であって、疑惑を向けられる可き場所ではない。

朱志香のいとこ部屋不在は認知されている。ただ「どこまで」共にいたかは不明だ。明け方の犯行は否定されない。

「朱志香ちゃんは昨夜その使用人といた。そして今朝別れ、貴女はいとこ部屋に帰らず直接食堂にやってきた、そうねぇ?」
「あ、ああ」
「その時、私達は既にここにいたわよねぇ? 譲治も間髪入れずにやって来たし、使用人も彼と殺された源次さんの除いてこの部屋にいた。残るは戦人君と縁寿ちゃん、真里亞ちゃんの三人だけになるわぁ」
「何がだよ!?」
「貴女以外に『嘉音を拉致出来る人物』よぅ。貴女が直前まで一緒にいたって言うならそうなるわぁ」

朱志香は言葉を失った。

誰かを庇うことは他の誰かを疑うことである。そんなことはわかっていて主張している。
しかし、その範囲を限定されると不思議に罪悪感が沸く。

どうしてだろう、自分は嘉音を信じているのだから絵羽が上げた三人――否、年齢を考えれば疑ぐる可きは一人。そして、彼には動機すらある。

それは疑いではなくてある種確信でなくてはならないのに、ズキンと胸が痛んだ。

(多分。直感みたいなもので、違う、と。)

「尤も、幼い真里亞ちゃんと縁寿ちゃんが嘘を吐いていることになるけどねぇ?」

朱志香は何も言わなかった。
追い詰められての沈黙か、或いは納得、安堵のそれか。

ただその視線は変わらず従弟に向けられる。彼に対する疑惑は残ってない。

ただ、『助けを求める』――懇願だった。


――――

June.19.2010

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