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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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絶対幸福論 7

いっそこのまま、カケラごと壊してしまいたいと……、そんな激情に任せて縁寿は声を張り上げた。

「いやああぁあ! やめて、お願い止めて! あのままじゃお兄ちゃんが第二の晩に……!」

第一の晩が施行された。
生贄はぴったり6人。行方不明者が1人。

つまり――次は、第二の晩。
嘉音の失踪で、恋人達は『引き裂かれた』のだと、考えることも出来る。
でもそれは……生ぬるい。彼女が用意した盤に、相応しくない。

それならば、一体誰を。
例えば、朱志香1人追い出すことなど出来るのか、と。
思い返せばとても残酷なことを考えていた。
……これはその罰なの?

「煩いわね、そろそろ静かに観劇出来ないのかしら」

ベルンカステルのドレスの袖を掴み、捻りあげた――縋り付いたという表現が正しいかもしれない。
奇跡の魔女は欝陶しそうに縁寿の額を押し退けたが、縁寿の眼光は涙ぐんだまま彼女を捉えていた。

「何なのよ! 一体何なの!? せっかく、家族に置いていかれないカケラなのに、なんで第二の晩までで家族みんな死んじゃうの!?」
「はぁー? ベアトのゲーム盤、もとから全滅エンドが基本なのよ? 貴女は例外の世界から来ている駒だけど」

ベルンカステルは気だるげにひらひらと手首を振り、縁寿を挑発する。
縁寿は彼女を睨み付けながら、強く歯を噛み締めた。

……分かっている。このゲームは惨劇の物語。このまま進行すれば、きっと誰も生き残れはしない。

(ここから眺める、私達以外)

「やめて、せめて、『縁寿』を先に」
「うふふふ………。い や よ☆ そもそも私は今までなぁんの手も加えてないのにそんな優しい配慮するわけないじゃない。それより、貴女は縁寿の幸せを守るんじゃなかったの?」
「う………ぁ……」
「やっぱり言った通りじゃない。貴女は兄が第一なのよ。両親の死の後はすぐに元通りだったくせに兄が死ぬって解ったらこのザマ。お父様とお母様が泣いてるわ? くすくす」

そんなことはない。そう否定するのは容易だ。
しかしそれを選んだなら、同等に見るのならば両親同様に諦めろと、あっさり言われるに決まっているのだ。

(それはやっぱり、お兄ちゃんが特別だということなの? それとも、誰でもいいから1人、側にいてほしいという、なりふり構わない願望?)

今の情けない顔を敵に見せたくなくて、俯いた。乱れた髪が隠してくれる。
……ずり落ちる、髪のひと房ずつが縁寿の士気だとしたら。
今、自分に残っているのは、あの人がくれた。

「良いこと教えてあげましょうか」
「……ろくなことじゃ無いんでしょう」
右代宮戦人は第二の晩では死なないわ
「――は?」

真実しか語らないはずの赤に、縁寿は目を丸くした。

更に言うなら貴女はまだ何も失ってはいない

何も、失っていない。
それは、どういう意味なのか。
……この性悪魔女の言葉を、目の前にある答えを、信じても良いのだろうか。
今の縁寿には解らなかった。

「……………」
「ああ、貴女は第四の盤だけでポイ捨てになったのだったわね。第五の盤以降をやってればすぐに理解出来たのでしょうに。ほかならぬ、戦人が言いだした主張だもの」

縁寿はただただ困惑して、まるで魔法にかかったような気分になった。
けれど、どうしてか、魔女と先程の戦人の論述が重なって見える。縁寿は、



(私、は)


兄の中の魔女の影に、怯え始めていた――――。


*   *  *  *   *


1部屋ずつ、地道に調べていく。
といっても、大方は鍵がかかっていて調べられない。
使用人室に寄った方がいいかもな、と戦人が言った。

武器ひとつ持たない丸腰で、高校生2人が狼の檻にいるのだ。
否、狼にとっては自由な庭であって、寧ろ羊の方が格子の中に閉じ込められているのかもしれない。
その安全なはずの籠から、放たれた贄。それも、自分の意志で。
けれど、そんな身の危険を省みず、2人がこの場に立っているのは、相応の目的があるからなのだ。

「早く見つけねぇとな」
「嘉音君……!」

朱志香は強く唇を噛んだ。
こうやって、もたもたと浪費する1秒1秒がもどかしい。
本当なら、ふた手に別れて探したいくらいだ。もちろん止められてしまったけれど。

「使用人室、……ってどこだ?」
「あ、案内するぜ!」

戦人が短く頷く。朱志香を先走らせることを快く思わなかったようだが、朱志香の逸る足は止められなかった。無論、走る速度で言えば戦人の方が速い。
しかし、戦人の1歩目が遅れたせいで、朱志香が――嘉音より先に――犯人に遭遇してしまう可能性を高くなってしまった。



誰にも出会わなかったのは、朱志香にとって幸いか否か。
閑散とした使用人室。
もしかしたら、犯人に追われた嘉哉が隠れているのではないか、と何度握り潰されたか解らない期待をして、また爆ぜた。

マスターキーは、嘉哉の分を差し引いても一つ行方不明。そう秀吉が言っていた。源次の分だ。
だから、ここにはマスターキーはない。それはつまり、嘉哉以外に実行犯がいるということではないか。単純に考えるならば、だが。

使用人室に鍵はほとんど無かった。
もしかしたら使用人ではなく蔵臼達だけが持っていた鍵もあるのかもしれない、が。管理していた側の人間の多くが、第一の晩で犠牲になっている。そういうことだ。

朱志香があるだけの鍵をかき集め――その表現も過大かもしれない――ている間、戦人は壁にもたれ掛かり、廊下を眺めていた。
誰かが来るのではないかと、様子を見ているのだ。

「……悪かったぜ、戦人」
「なんだよ、いきなり」

外に気を取られていた戦人は、今の今まで恋人の名前ばかりを口にしていた従姉の言葉に、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした。

「だって、一緒に嘉音君を探してくれるために、あんな風に言ったんだろ? でも、味方なんていないと思っていたから……嬉しかった」
「朱志香……」

それだけ言うと、朱志香は足速に戦人の前を横切った。今度は彼も予測していたのか、遅れを取らない。

……嬉しかった。不謹慎かもしれないけれど。

朱志香はそのまま、近くの客室の前に立った。客室は全てに鍵がかかっていたから、全くの手付かずだ。
左手に握った束から適当に選んで試す。――駄目か。
あんな残虐な真似をするほど余裕がある犯人が、使い物になる鍵を残しているはずがない。
例えどこか開く扉があったとしても、それはつまり用無しの扉だ。そこに彼が監禁されている可能性はゼロだし、彼が身を隠している可能性も限りなく低い。

(ハハ、冷静に考えりゃ丸っきり無駄じゃねぇか……)

朱志香はカタカタと腕を震わせる。鍵が回らないのは穴と対でないからか、或いはその震えのせいなのかはもはやわからない。

「なあ。さっきの話で聞きそびれたんだけどよ」
「なんだ?」

自らの無能と開けられない苛立ちから、語尾を強くして聞き返す。

「俺がいつお前の味方だなんて言ったんだ?」
「――へ?」

脊髄が勝手に反応して、今度は素っ頓狂な声で、聞き返した。

「俺は嘉音君なんか捜しちゃいないぜ? どうせ手遅れだろうし。俺が捜してるのは殺人鬼の方」
「………なんで、そんなこと」

朱志香は自分の中で噛み砕いて、さっと血の気を引かせる。
戦人はなんでもないような口調のまま、

「違うな、俺が捜してるんじゃねぇ、向こうに『捜させてるんだ』」

気付けば、戦人は朱志香を見てはいなかった。
一切動揺を見せない目で、暗闇の真ん中を――正確にはその中の人影を。

……どうして? 
いたのは「失踪者」である嘉音ではない。捜すことすらしてはいなかった「喪失者」だった。

影のひとつが、戦人に話しかける。

「ちっ、体よく姉貴達か朱志香ちゃんだけ出せればと思ったが、てめぇまで出て来ちまったのかよ戦人……」
「あー、こりゃ無駄骨だったか? 伯母さんが朱志香を逃がす気がなさそうなんでつい連れてきちまったけど。確かに嘉音君のこと考えたら俺は邪魔者だなァ、いっひっひ」
「別に恋人である必要はないのだけれど。でも貴方は駄目よ戦人君」

もうひとつの影が口を挟む。
状況が状況なら、それは円満な家族の1場面を切り取ったものにすぎないのだ。普段の彼らよりも遥かに。
だが、その状況というやつが、あまりにも厄介で……。

「予定外だが……失踪連鎖なんてのも面白れぇかもなぁ」
「あー、今から俺が逃げて代わりに嘉音の死体を出すと? 駄目だな、真里亞達が尋問に合うだろ。今は多分、朱志香同様好意的に誤認してくれていそうだが」
「またお前の都合かよ……。んな焦る必要も無かったんだ、なんで自ら連れ出した」

留弗夫が嘆息する。

「……」
「分からず屋ね、留弗夫さんは」

言葉を詰まらせた戦人の姿を見て、霧江は苦笑した。
留弗夫は微妙な顔をした後、懐から煙草とライターを取り出す。
口元の炎が照らす様は、手元の燭だけで見るよりずっと不気味だ。
狭い廊下にもくもくと立つ紫煙。それすらもその小さな明かり所以に視覚に留まる。
戦人は父親の撒き散らす副流煙を不快そうに掌で払うと、思い出したように口を開いた。

「あ、楼座叔母さんに気付いていることを臭わせては来たから、気を効かせてくれるとありがてぇな。もちろん叔母さんが一味ならの話だ」
「それを先に言えってんだ」


朱志香は、今日何度目かの疑問を自問した。
……どうなっているんだ?
自答することは出来ない。それも今日何度目だろう。
だから、朱志香は戦人に詰め寄った。
こんなオカシナ空気でも、叔父達に問い詰めるよりは敷居は低い。

「な、なぁ……何の話なんだ? なんで………死んだはずの叔父さん達がここにいるんだ?」

すると、戦人はまるで物語中の出来事を解説するように言った。

「閉鎖空間で大量殺人。最初のうちに死んだと思われていた人間が犯人、なんて定番だろ?」


――――

July.27.2010

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