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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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絶対幸福論 TIPS-1《真里亞》

生きる理由なんていらなかった。
誰かの生きる理由になりたかった。
相互依存。一歩間違えれば共倒れになることも分かっていて、それでも。
自分になら彼女を救えると思っていた。

1980年~

母が逝き、相次いで母方の祖父母も死んだ。
家族は皆奪われて、目の前には、家族だと名乗る者達がいた。
血縁とか、戸籍とか、そんな物で括ればそれは間違いでも何でも無かったけれど、でも、違った。
だって彼等は※※※※※だったから。

父親の再婚後も戦人は同居し続けるしかなかった。
正確には、一時は祖父母の家に世話になった。しかし彼等の急死によって帰らざるを得なくなったのだ。
未だ12歳の彼に、拒否権はなかった。

縁寿は基本的に"あまえた"で、母乳から離れるまでにも随分時間がかかった。
ようやく手放したそのあとも、いつも家族の誰かにしがみついていないと落ち着かない子供だった。
留弗夫の優秀な右腕である霧江が仕事に復帰する頃には、代わりに戦人が世話をするようになっていた。
幼稚園に上がるようになっても、ずっと家族の―――多くは兄の―――名を呟き続けて、迎えに行けばぐずりながら胸に飛び込んでくるのが恒例だ。

両親が共働きでありながら保育施設に預けなかったことが、戦人の義務意識を追い詰める原因になっていた。
中学に入って活発に参加していた部活もおざなりにせざるを得なかったし、幼い妹を迎えに行くと遊びの誘いを蹴れば皆同情か或いは尊敬の目で見る者さえいたが、それさえも欝陶しくて仕方が無かった。

縁寿のことを『妹』と言うことすらも気分が悪かった。
だって、明日夢はたった1人しか子を産んでいないのだ。なのに、何故そんなものが存在するのだろう。多分憎悪という感情ではなく、ただ不思議だった。

可愛がっているなんて表向きだけだ。
外面だけ良い兄貴を演じれば、一般論では相手の内心を悟るなんて言われている幼児を、簡単に欺き通せてしまった。多分相当な愚図なんだろう。
同じように、自分に見向きもしないくせに、体裁だけ繕っていた父親を思う。
――反吐が出る。ほら見ろよ、蛙の子は蛙だろ?

「じゃあ……真里亞のことよろしくね? 戦人君」

暫く経ったある日、父親の妹である楼座が、仕事の都合で数日会社に泊まりがけになるので娘を預かって欲しい、と言ってきた。

優しく常識的だと思っていた叔母が、親戚の中学生に愛娘を預けたいなどと言い出した時は唖然とした。だが、彼女には配偶者もおらず、女手ひとつで家庭も会社も切り盛りしなくてはならないのだ。
ただでさえ女社長という地位は、その細身には荷が重いだろう……断る理由もなかった。
1人も2人も変わらないと思っていただけなのかもしれない。多分、その程度だった。

「うー、ばとら?」
「ああ、久しぶりだな真里亞」

親戚とはいえ滅多に会わない関係だ。小学校に上がったばかりの彼女が覚えていただけで殊勝だろう。
戦人はくしゃりと真里亞の髪を撫でた。すると気が緩んだのか、

「ママいっちゃった」

真里亞は楼座の消えた先を見つめて呟く。

「えっと、やっぱり寂しいよな」
「うー、真里亞さびしい。でもさびしくない。さびしいっていっちゃだめなの」
「そっか。偉いな真里亞は」

……言っちゃだめ。
どうしてか胸の奥にひっかかるものを感じながらも、真里亞の意志を尊重して思考を振り払う。

「まりあおねえちゃん?」
「うー、縁寿もいる?」
「そりゃそうだ。ここは縁寿の家だからな」
「縁寿のいえ? 戦人はなんでいるの? う、うー???」
「へ? い、いやえーと」

戦人は答えに窮する。勿論、真里亞には特別意図はない。それなのに、咄嗟に言葉――自分が生まれ育った家にいる理由――が出て来なかった。

「ばとらおにいちゃんはえんじぇのおにいちゃんなの!」
「じゃあ縁寿と戦人のいえ?」
「えんじぇとおにいちゃんと、おかあさんとおとうさんのおうちなの」
「うー、縁寿はかぞくがいっぱい! うー!」
「うん! えんじぇのかぞくはなかよし!」

その光景は遠く、自分とは一線を画していた。戦人が考えていたことと言えば。
――ただ、これから数日間作業的にこなす、2人分の世話の段取りにほんの少し脳みそを要しただけだった。

夕飯の主菜は、野菜の炒め物だった。
大きさこそ縁寿に気遣ってか小さく切られてはいたものの、その“マチマチ”さ加減に、戦人の大ざっぱな性格がよく顕れていると言えた。

「男料理で悪いなぁ。いっひっひ、霧江さんがいれば旨いもん食えただろうに、真里亞も運が悪いぜ」
「うー? おいしいよ、うー!」

――自分も存外見えっ張りなところがある。
家族に振る舞って褒められるより、客人に喜ばれる方がどうも誇らしい。

「こりゃお褒めにあずかり光栄なことで。ほらもっと食え。いっぱい食うとでっかくなるぜー。食い終わったら風呂入るんだぜ」

早々に腹に収めきっていた戦人の食器に、真里亞が自分の皿を重ねようとする。それを戦人が制し、フライパンに残っていた分を彼女の皿に乗せた。
戦人が思わせぶりに片頬を緩める。真里亞は意図を汲むと、一見すると不承不承と箸を進める。
……この進み方、やっぱり足りてなかったんじゃないか。

「まりあおねえちゃんはひとりではいるの? いっしょにはいらないの?」
「あー。叔母さんにはそんな詳しいこと聞いてねぇな。真里亞、お前確かまだ小学校あがったばかりだったよな」

ミルクを注ぎながら戦人が尋ねる。

「うー。戦人のえっち。真里亞は1人で入れる!」
「おおぅ?! いっひっひ、言ってくれるぜ。真里亞もなかなかマセガキじゃねぇのよ? シャンプー目に入れて泣くんじゃねぇぞ?」
「うー、平気!」

尚も真里亞は昂然としている。そんなに1人で入りたいのか。

――こいつ、こんな早熟なやつだっけ?

戦人は首を捻る。
以前の彼女はもっと、まさに「子供」という印象だった。それは今日も変わっていないと思っていたのだが。

(女の子の成長って早いもんだねぇ)

一先ず、子供のこういう感性は尊重するべきだ。
1人で入りたいというなら入らせてやるべきだろう。
この歳で自由にさせている家庭も、そうは珍しく無いと聞く。真里亞の環境からすればそちら側の家庭であることは推して計る可きだったのだ。

だとすれば、本人が出来ると言ってることにケチを付けるのも悪い。と、彼女が唯一持って来ていなかったバスタオルを渡して、浴室へ押し込んでやった。

しかし、とも思うのだ。
預かった子供に怪我させたりしたらまずいのではないか。
確か、保護責任があるんだよな。いや、そういう問題ではないけれど。
そう思い煩い浴室の扉を視界に入れて、息をついた。――子供が1人少ないうちに。


むくれ面の真里亞が出て来たのは、時計の長針が200度余り回ってからだった。
首に巻いている白いタオルは、彼女の小さな身体に対しては大きすぎるように見える。

「うー、つめたかった」
「悪い、ぬるかったか。ウチはいつも39~40度だが、真里亞ん家はもっと高いんだな」
「えんじぇ、あついおふろはいれない!」

戦人は、常日頃と変わらない流れで縁寿を抱き上げる。

「縁寿はお子ちゃまだもんなー?」
「えんじぇおこちゃま!」

客人である真里亞を先に入れた為、時間はいつもより多少遅かったが。






真里亞はまだリビングにいた。当たり前だ。どこで寝るかなんて教えていないのだ。教えておくべきだったかな、と先に立たぬことを考える。

「ほら、縁寿も真里亞も早く寝ろよ」

ベットをばんばんと叩いて、2人を呼ぶ。
真っ先に駆けて来たのは縁寿の方だった。

「おにいちゃん! えほんよんで!」

またか、と苦笑する。
差し当たり寝かすことが先決だ。戦人はベット脇に跪く。

「仕方ねぇなぁ、1冊聞いたら寝るんだぞ」
「うん!」
「うー……」
「真里亞も、絵本読んでやるからこっち来い」
「うー!」

招かれるままに、真里亞は縁寿のベッドにもぐりこむ。この位の歳の少女が好みそうな淡いピンク色の寝具だ。真里亞の私服もお姫様のような格好であるし、彼女もやはり好きなのだろう。
子供とはいえ2人が並んで寝るには少し狭い。けれど、年端のいかぬ子供達にとってはお泊り会のようで、それはそれで楽しいらしい。
シルクの滑らかでふかふかなベットの上で、きゃっきゃと跳びはねて遊ぶ2人を鎮圧し、戦人は慣れた仕種で絵本を手に取る。

「何のお話が良いか? 真里亞が決めていいぜ。縁寿も今日くらいは我慢出来るよな」
「うー、真里亞えらぶ!」

たくさんの絵本の入った籠をガサゴソと漁る。
1つに選ぶのが苦手なのか、何冊も出してくるので「1冊って言っただろ」と釘を刺すと、渋々ある本に指をさした。

「なになに? 魔女ぉ? へー。そういや真里亞、こういうの好きだったな」

六軒島の魔女伝説に興味を示していた従妹の姿を思い出し、得心する。



それは、悪い魔女のお話だった。

長い長い旅の途中に、大切な物を落としてしまった旅人が、時間を戻してくれるという魔女に出会う。
けれど、魔女が代償に求めたのは彼の魂。
それを知った旅人は、命より大事なものはないと落とし物を諦めてまた旅に出ていく。

子供向けの絵本は至ってわかりやすく起承転結が描かれているが、この物語もご多分に漏れず至って“ありがち”なお話だった。

「うー。この人には、魔法はいらなかったんだ」
「そうだな、命を賭けてまでするお祈りじゃなかったんだろうな」

改めて考えると少しピントのズレた偶感だったのだ。しかし真里亞は真摯に頷いていた。
やっぱり、変なところで真面目なやつ。

縁寿はといえば、とっくにすやすやと夢の中だった。
この寒空に毛布もかけず寝入ってはまた腹を壊しかねない。と戦人は妹が足元へ蹴り飛ばしてしまった掛け布団を引っ張ってくる。
寝相が悪いのはいつものことだ。

出し抜けに、真里亞の手が伸びる。
ベットに転がっていた真里亞からは、成長期真っ只中の戦人の頭に届かず、察した戦人の方が頭を垂れるという少し不格好な推移を挟んで。

「戦人、いい子いい子。うー」
「いっひひ、なんだよ真里亞」
「今の戦人、いっぱいお仕事してかえってくるママと、おんなじ顔してる」

布団の中にあった真里亞の手の平は温かい。
何より、少女の純真な斟酌がほの見えて、温かい。

「そっか。毎晩真里亞にこうしてもらえる楼座叔母さんは幸せ者だな」
「うー。ママが幸せなら真里亞も幸せ」
「……そうだよな。ママが幸せなら……。真里亞は幸せだよなぁ」



――幸せだよ。
幸せじゃなきゃ、おかしい。



(俺は、この家の一員でいることが息苦しかったんだ)

そんなことを、戦人はようやく知る。
この小さなたんぽぽのような笑顔に教えられる。


多分、きっと。2人の間にあったのは帰属意識のようなものだった。


――――

November.1.2010

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