桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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The world of fairy tale 1
むかーし昔、ある国にバトラとグレーテルというとても仲の良い兄妹がおりました。
働いて得る賃金は多くはありませんでしたが、父母と4人、力を合わせて生活していました。
しかし、この父というのが恐ろしく女癖が悪く、遊びに大枚をはたいてしまうのです。
基本ステータスです。何があっても引っぺがすのは無理らしいです。
その為、右代宮家ではないこの一家は、経済状況が芳しくありませんでした。
それでもなんとか母がやり繰りしていましたが、ここに来て兄の方が勝手に丐に食べ物を与えてしまったり、また妹の方は、現金を持たせると意味もなくばらまく習性があることが発覚したのです。
考えた末、兄妹二人は家を出ることにしました。
あ、追い出された訳ではありません。自主的に、です。
「お母さん、ついにブチ切れてお父さんを拷問し始めたんだもの。火の粉がかかって危険だわ」
「グレーテルの危機察知能力はすげぇなぁ……」
細かな懲罰、通称『お抹茶』―――亜細亜の茶の一つらしい―――は事あるごとに行われてきましたが、今回は別格と判断したのです。
母親譲りの英知に長けたグレーテルは、最愛の兄を連れて避難を決行しました。バトラも薄々は感づいていたので、家出用の荷物は確保してあった模様です。
断末魔をあげる父親を置き去りに兄妹は森へ向かったのでした。
「とりあえず早く森は抜けてーな。仕事見つけなきゃだし、店が無くちゃへそくりがあっても使えやしない」
「そうね。賃金の一部をとっておくなんてさすがお兄ちゃんだわ。本編六年の庶民生活が身についてるのね」
「メタ発言は自重しようぜ?(汗)」
「地の文からメタだから気にしないわ」
鬱蒼と聳える樹木の種は皆目見当が付きませんが、地近くに茂る草は大概がシダの類でした。既に夜は明けたように思えますが、森の中は薄暗く、一切舗装されていない土は酷くぬかるんでいて、足を取られることもしばしばありました。
元からろくに陽光の届かぬ場所なのでしょう。一つの燭で歩くには辛い道程でした。
もう随分歩きましたが、出口が近づく気配はありません。不思議なことに、進むにつれ動物達を見かけることが少なくなっていました。
――――否、それは勘違いだったようです。
ひらひらと、蛍が飛んで行くのが見えたからです。いいえ、よく見れば違う気もします。蝶? 黄金の蝶でしょうか。
二人は誘われます。(何に?)
突然、目の前が明るく開けました。感覚が狂っていましたが、ようやく森から抜け出せたのでしょうか?
それも違ったようです。何故なら、光は一カ所だけに集まっていたのですから。
「すげぇ、美味そうな家だなー」
屋根はチョコレートで出来ていました。壁はレープクーヘン、窓は無色透明な砂糖菓子。煙突はウェアハウス。装飾はキャンディやドロップ、グミにキャラメル、ホイップクリーム。
彩り豊かな、お菓子の家でした。
「よく腐らないわね。実用的じゃないわ」
夢もロマンもない発言です。グレーテルは『わあ素敵、お菓子の家だよ! お兄ちゃん!』くらいいってほしいものです。
「くっくっく。人間にはそうであろうな? しかしながら妾は魔女、人間には不可能な量の防腐剤を入れることなどた易いわ」
二人は驚いて振り返りました。後ろには誰もいないと思っていたからです。
女性は嗤っていました。
金髪碧眼で眉目秀麗な、黙っていれば高貴なお姫様のような女性でした。黙っていれば。
吸うわけでもない鉛管を片手に、ニヤニヤと二人の反応を見守っています。
「大量の防腐剤…………食いたくねぇな」
腐らせない魔法ではなく防腐剤を大量に入れる魔法を使うのが魔女の偉大なところです。ええ、異論は認めませんよ。
「えーとお姉さん? 初対面でわりぃんだけどちょっと休ませて貰えねぇか? 夜通しで歩いててよ、俺はともかく妹は寝かしてやりたいんだ。礼は払うし、やれる仕事があるなら手伝う」
女性は眉を潜めました。何か気に障ったようです。
「妾は人間年齢は19なのだ。お姉さんはやめよ」
「え? ああそうなのか悪い。でも俺は18だし……って人間年齢ぇ!?」
「うむ、妾は千年を生きる魔女であるからな」
「「ふーん」」
「えっ。なんで反応ないの? 妾魔女だよ? 魔法使ったよ?」
「ああうん、そうなの。お疲れ様」
「『魔女なんかいない!』って否定しろよおぉぉ!!」
「Mか」
「ドMね……」
唐突にわけのわからない事を言い出す自称魔女様を、ちょっと冷めた目で見つめる兄妹でした。
「いやいや、魔法なんてないだろ? 人間とトリックだよな? 妾の相手してくれよ!(涙目) なんでお前らあっさり認めんだよぉ!(泣)」
「だって出てきた家にもいたもの。私達、魔女から逃げてきたのよ」
「ああ、色魔を従えた嫉妬の魔女が家を壊し始めたからなぁ」
「ちょ、お母さん破壊活動まで始めてたの? 不覚、そこまで確認してなかったわ……」
魔女のベクトルが違う気がして、むぅ、と唸りました。ただ、妖魔を従えているというのは認める可き所です。その魔物も彼女の知るものと同じとは思えませんでしたが。
魔女はしばらく考えました。どうやら彼らは家を出て来たようです。母親が魔女になってしまったようですから、行く当てもないでしょう。
だからこそこうやって見ず知らずの自称魔女に一宿の宿を求めているのです。
彼女は兄妹を騙くらかして食べてしまおうなどとは一寸も考えてはいませんでした。泊まらせるなら思う存分働かせて、且つ悪戯でもして遊んでやろうという考えが腹中にあったのは否定できませんが。
魔女は二人を、もう少しで縫い針が通るほどに見つめました。どうしてでしょう。『ここで帰らせてはいけない』と思ったのです。
「そなたら、名を名乗るがよい」
「えーと。俺はバトラ、こっちは妹のグレーテルな」
「自己紹介ぐらい自分でできるわ」
「…………」
魔女は一考して、ふむ、と何度も頷きました。
バトラとグレーテルは心配そうに彼女を覗き込みます。
「妾は黄金の魔女ベアトリーチェである。妾は寛大だ、そなたらを歓迎しよう」
「恐ろしく人使いが荒いのな……」
魔女様のご慈悲により、兄妹はお菓子の家に招き入れられました。
夜通し歩き続けたこともあり、グレーテルは兄や魔女の言葉に甘えて眠りにつきました。バトラの方は約束通り、男手が重宝する仕事を手伝っておりました。
かん! という軽快な音がして、その軽薄さとは裏腹に重たい木片を拾いあげました。強く打ち過ぎて、切り株から斧を抜くのにも一苦労です。
「ふん、そなたがなんでもすると言ったのだ。有言実行せねば男ではないぞ?」
「残念ながら俺は男女同権派でね。まあ世話になってんのはこっちだし、有り難くやらせてもらうけどな。一人暮らしなのにこんなに薪使うのか?」
勿論、他意などなく純粋な疑問として投げかけました。
「うん、使わない」
それゆえに、思わず手を止めてしまいました。中途半端に刺さった木材に、「ああ、また面倒な……」と溜め息をつきます。
「正直ぃ、妾が魔法でやれば一発だしぃ☆」
「そうなのか!? ちくしょう、一体なんの怨みがあるってんだ……!?」
「えー」
まるで子供が甘えるように。いえ、実際そうなのでしょう。
幼子が大人の座る椅子を引いて、尻餅を衝かせることを慶ぶように、無邪気な悪戯心です。邪心故の所業ではなく、ただ自分のしたことに反応するニンゲンを見るのが愉しくて仕方がないのです。
尤も、ベアトリーチェはそれはそれは『悪戯遊び』に長けておりましたのでその限りではなく、頭の中にはバトラへの次の『遊び』がたくさんいつまっていることでしょう。
恐らく一月は持つでしょう。
湿気で腐ってしまわないかが心配でしたが、ベアトリーチェはその程度魔法でなんとかすると誇らしげに語りました。また防腐剤でしょうか。
次に何をさせられるか不安になりながらも、まず一つ目の役目を終えたバトラは家屋の脇の丸太に腰をかけます。
ふう、と息をつくと、ベアトリーチェがひょこひょこと近付いてきます。二人分の間隔を残して、彼女も同じように座りました。
とりあえずは、仕事を押し付けられることはなさそうです。
何か喋りたそうにしながらも言葉を選び取れないベアトリーチェに、バトラの方から話しかけました。
「ありがとな」
バトラは手の甲で汗を拭い、ベアトリーチェに笑いかけます。
「む? そなたもイジメられるのが好きなのか?」
「いやいや! ってそれ自分はそうだって認めてるぜ(汗)」
「す、好きじゃないもん! 言葉を間違えただけだもん!(涙目)」
この通り、ベアトリーチェは少しの失言で涙目になってしまいます。その小動物のような反応に、バトラは弄りたい衝動にかられながらも後のお楽しみにしようと決めて話を戻しました。
「へーえ? ……まぁいいけどさ、そうじゃなくて。グレーテル、ああ見えて身体が弱いんだ。このまま街まで強行するのはちょっときつかったからよ、助かった」
「……礼には及ばぬ。そなたらは妾の張った結界を破ってきたのだ。……運命だと、思う」
――――運命。
その言葉は、年頃の少女―――1000歳の乙女―――にある大袈裟な表現なのかもしれません。
ただ男を働かせる代償に妹を休ませるという、それだけの交換条件です。
ギブアンドテイクでありそれ以上ではないはずでした。
けれど、バトラはその言葉を否定したくはありませんでした。或いは、真実だと※※が囁いていたのかもしれません。
「そうだな。俺もそんな気がする」
「本当か!?」
「ああ、何だろうな。いつか、会ったことがある気がする」
「うむ……」
それだけを―――白い頬を紅色に染めて―――怖ず怖ずと言いました。
その表情があまりにも可愛いらしいので、バトラは思わずドキリとしました。ころころと変わる様は目を逸らすことを赦してはくれません。
バトラの言葉は偽りではありませんでした。
振り返り、その姿を見た時は息を呑みました。それはグレーテルも同じだったように思います。
ただそれを気のせいだと切り捨て――――今はそれを後悔しておりました。
「そなたは本当に……」
「ん?」
「いや、なんでもない………。くくく! 次は屋根の修復をしてもらうぞ! 大鍋にチョコレートをいっぱい溶かして、熱々なチョコレートを直接手で塗りつけるんだぜぇ?」
「お前、それ火傷するだろ!」
ベアトリーチェがまくし立て、バトラがそれに反応したことによって、彼女が先に何を告ごうとしたかは、底無し鍋の闇へと放り込まれてしまったのでした。
バトラが屋根の修繕―――勿論素手ではありません―――をしている頃、ベアトリーチェは遅い朝食のメニューを考えておりました。
普段は魔法で作っております。ですが、どうしてか彼らがやって来てから魔法が全く使えないのです。
「…………料理ってどうやるんだ?」
とりあえず煮込めば何か出来る気がします。薬草を茹でたりチョコレートを温めるように。
しかし、何を煮込めば良いのでしょう。なんか適当に突っ込めば良いのでしょうか。
バトラは屋根の上ですので、呼びに行くのは少々面倒でした。グレーテルは恐らくまだ夢の中でしょう。
後でバトラにやらせればいいか、と思いながらも、どうにか自分で作りたいという思いも拭えませんでした。
「あら、鍋と睨めっこしてどうしたの?ベアトリーチェさん」
「む、縁寿か。ベアトでよい、そなたの兄もそう呼んでいる」
「そう?じゃあお言葉に甘えるわ」
「良い所に来た、グレーテル。そなた料理は出来るか?」
「…………どうかしら」
「鍋に何を入れたらスープが出来るのであろうか」
「さあ? そうね、丸い石を入れて水で煮込むと美味しいスープが出来ると昔聞いたことがあるわ」
昔、母に教わった気がする、と伝えました。
ベアトリーチェは目を輝かせ、すぐに手頃な石を捜しに行きました。残された縁寿は用意された鍋に水を汲むことにしました。
いっぱいに張られた水の中にごろごろと小石を入れて、火にかけます。
ぐつぐつ。ぐつぐつ。
「特に変わらぬなぁ」
「そうね」
「もう少し待ってみるか」
妙なところで気の長いベアトリーチェとグレーテルは、ばちばちと尻を炙られた鉄の鍋を眺めておりました。
ぐつぐつ。ぐつぐつ。
すると、不思議なことが起きたのです。
「水が無くなった……」
「どうしてかしら、スープになってないじゃない」
「いや、もうちょっと煮込めば石が吸い取った煮汁が再び滲み出るに違いない」
「そうね」
蒸発という発想はこの世に存在しないそうです。
二人はこのまま待っていれば美味しいスープが出来上がると信じきっております。おいたわしやー。
「…………」
「石が…………赤くなったわ」
一体どれほどの火力なのでしょう。
「まぁいっか☆」
「そうね。スープは諦めましょ」
「っていうか家の菓子食べれば良くない? と思った妾がいる」
「嫌よ。防虫剤が大量に入ったお菓子なんて」
「防腐剤な。そういや防虫剤は入れておらぬのぉ」
「さらに駄目じゃない」
「そなた……見かけ通り厚顔だな」
「あらありがとう」
「うむ。どういたしましてなのである」
皮肉なのか本気なのか判断のつかない会話です。
「さて、どうするか」
「んーやっぱりお兄ちゃん呼んで来た方が良いかもしれないわ。お兄ちゃんなら人並みには出来るだろうし」
うんうんと頷きあって、二人は部屋を出ます。鍋に火をかけたまま。
「お前ら何やってんだ―――――!!?」
ちょうど良いところに帰ってきたバトラによって、素敵なお菓子の家は素敵な炭の家になることを免れたのでした。
あ、追い出された訳ではありません。自主的に、です。
「お母さん、ついにブチ切れてお父さんを拷問し始めたんだもの。火の粉がかかって危険だわ」
「グレーテルの危機察知能力はすげぇなぁ……」
細かな懲罰、通称『お抹茶』―――亜細亜の茶の一つらしい―――は事あるごとに行われてきましたが、今回は別格と判断したのです。
母親譲りの英知に長けたグレーテルは、最愛の兄を連れて避難を決行しました。バトラも薄々は感づいていたので、家出用の荷物は確保してあった模様です。
断末魔をあげる父親を置き去りに兄妹は森へ向かったのでした。
「とりあえず早く森は抜けてーな。仕事見つけなきゃだし、店が無くちゃへそくりがあっても使えやしない」
「そうね。賃金の一部をとっておくなんてさすがお兄ちゃんだわ。本編六年の庶民生活が身についてるのね」
「メタ発言は自重しようぜ?(汗)」
「地の文からメタだから気にしないわ」
鬱蒼と聳える樹木の種は皆目見当が付きませんが、地近くに茂る草は大概がシダの類でした。既に夜は明けたように思えますが、森の中は薄暗く、一切舗装されていない土は酷くぬかるんでいて、足を取られることもしばしばありました。
元からろくに陽光の届かぬ場所なのでしょう。一つの燭で歩くには辛い道程でした。
もう随分歩きましたが、出口が近づく気配はありません。不思議なことに、進むにつれ動物達を見かけることが少なくなっていました。
――――否、それは勘違いだったようです。
ひらひらと、蛍が飛んで行くのが見えたからです。いいえ、よく見れば違う気もします。蝶? 黄金の蝶でしょうか。
二人は誘われます。(何に?)
突然、目の前が明るく開けました。感覚が狂っていましたが、ようやく森から抜け出せたのでしょうか?
それも違ったようです。何故なら、光は一カ所だけに集まっていたのですから。
「すげぇ、美味そうな家だなー」
屋根はチョコレートで出来ていました。壁はレープクーヘン、窓は無色透明な砂糖菓子。煙突はウェアハウス。装飾はキャンディやドロップ、グミにキャラメル、ホイップクリーム。
彩り豊かな、お菓子の家でした。
「よく腐らないわね。実用的じゃないわ」
夢もロマンもない発言です。グレーテルは『わあ素敵、お菓子の家だよ! お兄ちゃん!』くらいいってほしいものです。
「くっくっく。人間にはそうであろうな? しかしながら妾は魔女、人間には不可能な量の防腐剤を入れることなどた易いわ」
二人は驚いて振り返りました。後ろには誰もいないと思っていたからです。
女性は嗤っていました。
金髪碧眼で眉目秀麗な、黙っていれば高貴なお姫様のような女性でした。黙っていれば。
吸うわけでもない鉛管を片手に、ニヤニヤと二人の反応を見守っています。
「大量の防腐剤…………食いたくねぇな」
腐らせない魔法ではなく防腐剤を大量に入れる魔法を使うのが魔女の偉大なところです。ええ、異論は認めませんよ。
「えーとお姉さん? 初対面でわりぃんだけどちょっと休ませて貰えねぇか? 夜通しで歩いててよ、俺はともかく妹は寝かしてやりたいんだ。礼は払うし、やれる仕事があるなら手伝う」
女性は眉を潜めました。何か気に障ったようです。
「妾は人間年齢は19なのだ。お姉さんはやめよ」
「え? ああそうなのか悪い。でも俺は18だし……って人間年齢ぇ!?」
「うむ、妾は千年を生きる魔女であるからな」
「「ふーん」」
「えっ。なんで反応ないの? 妾魔女だよ? 魔法使ったよ?」
「ああうん、そうなの。お疲れ様」
「『魔女なんかいない!』って否定しろよおぉぉ!!」
「Mか」
「ドMね……」
唐突にわけのわからない事を言い出す自称魔女様を、ちょっと冷めた目で見つめる兄妹でした。
「いやいや、魔法なんてないだろ? 人間とトリックだよな? 妾の相手してくれよ!(涙目) なんでお前らあっさり認めんだよぉ!(泣)」
「だって出てきた家にもいたもの。私達、魔女から逃げてきたのよ」
「ああ、色魔を従えた嫉妬の魔女が家を壊し始めたからなぁ」
「ちょ、お母さん破壊活動まで始めてたの? 不覚、そこまで確認してなかったわ……」
魔女のベクトルが違う気がして、むぅ、と唸りました。ただ、妖魔を従えているというのは認める可き所です。その魔物も彼女の知るものと同じとは思えませんでしたが。
魔女はしばらく考えました。どうやら彼らは家を出て来たようです。母親が魔女になってしまったようですから、行く当てもないでしょう。
だからこそこうやって見ず知らずの自称魔女に一宿の宿を求めているのです。
彼女は兄妹を騙くらかして食べてしまおうなどとは一寸も考えてはいませんでした。泊まらせるなら思う存分働かせて、且つ悪戯でもして遊んでやろうという考えが腹中にあったのは否定できませんが。
魔女は二人を、もう少しで縫い針が通るほどに見つめました。どうしてでしょう。『ここで帰らせてはいけない』と思ったのです。
「そなたら、名を名乗るがよい」
「えーと。俺はバトラ、こっちは妹のグレーテルな」
「自己紹介ぐらい自分でできるわ」
「…………」
魔女は一考して、ふむ、と何度も頷きました。
バトラとグレーテルは心配そうに彼女を覗き込みます。
「妾は黄金の魔女ベアトリーチェである。妾は寛大だ、そなたらを歓迎しよう」
「恐ろしく人使いが荒いのな……」
魔女様のご慈悲により、兄妹はお菓子の家に招き入れられました。
夜通し歩き続けたこともあり、グレーテルは兄や魔女の言葉に甘えて眠りにつきました。バトラの方は約束通り、男手が重宝する仕事を手伝っておりました。
かん! という軽快な音がして、その軽薄さとは裏腹に重たい木片を拾いあげました。強く打ち過ぎて、切り株から斧を抜くのにも一苦労です。
「ふん、そなたがなんでもすると言ったのだ。有言実行せねば男ではないぞ?」
「残念ながら俺は男女同権派でね。まあ世話になってんのはこっちだし、有り難くやらせてもらうけどな。一人暮らしなのにこんなに薪使うのか?」
勿論、他意などなく純粋な疑問として投げかけました。
「うん、使わない」
それゆえに、思わず手を止めてしまいました。中途半端に刺さった木材に、「ああ、また面倒な……」と溜め息をつきます。
「正直ぃ、妾が魔法でやれば一発だしぃ☆」
「そうなのか!? ちくしょう、一体なんの怨みがあるってんだ……!?」
「えー」
まるで子供が甘えるように。いえ、実際そうなのでしょう。
幼子が大人の座る椅子を引いて、尻餅を衝かせることを慶ぶように、無邪気な悪戯心です。邪心故の所業ではなく、ただ自分のしたことに反応するニンゲンを見るのが愉しくて仕方がないのです。
尤も、ベアトリーチェはそれはそれは『悪戯遊び』に長けておりましたのでその限りではなく、頭の中にはバトラへの次の『遊び』がたくさんいつまっていることでしょう。
恐らく一月は持つでしょう。
湿気で腐ってしまわないかが心配でしたが、ベアトリーチェはその程度魔法でなんとかすると誇らしげに語りました。また防腐剤でしょうか。
次に何をさせられるか不安になりながらも、まず一つ目の役目を終えたバトラは家屋の脇の丸太に腰をかけます。
ふう、と息をつくと、ベアトリーチェがひょこひょこと近付いてきます。二人分の間隔を残して、彼女も同じように座りました。
とりあえずは、仕事を押し付けられることはなさそうです。
何か喋りたそうにしながらも言葉を選び取れないベアトリーチェに、バトラの方から話しかけました。
「ありがとな」
バトラは手の甲で汗を拭い、ベアトリーチェに笑いかけます。
「む? そなたもイジメられるのが好きなのか?」
「いやいや! ってそれ自分はそうだって認めてるぜ(汗)」
「す、好きじゃないもん! 言葉を間違えただけだもん!(涙目)」
この通り、ベアトリーチェは少しの失言で涙目になってしまいます。その小動物のような反応に、バトラは弄りたい衝動にかられながらも後のお楽しみにしようと決めて話を戻しました。
「へーえ? ……まぁいいけどさ、そうじゃなくて。グレーテル、ああ見えて身体が弱いんだ。このまま街まで強行するのはちょっときつかったからよ、助かった」
「……礼には及ばぬ。そなたらは妾の張った結界を破ってきたのだ。……運命だと、思う」
――――運命。
その言葉は、年頃の少女―――1000歳の乙女―――にある大袈裟な表現なのかもしれません。
ただ男を働かせる代償に妹を休ませるという、それだけの交換条件です。
ギブアンドテイクでありそれ以上ではないはずでした。
けれど、バトラはその言葉を否定したくはありませんでした。或いは、真実だと※※が囁いていたのかもしれません。
「そうだな。俺もそんな気がする」
「本当か!?」
「ああ、何だろうな。いつか、会ったことがある気がする」
「うむ……」
それだけを―――白い頬を紅色に染めて―――怖ず怖ずと言いました。
その表情があまりにも可愛いらしいので、バトラは思わずドキリとしました。ころころと変わる様は目を逸らすことを赦してはくれません。
バトラの言葉は偽りではありませんでした。
振り返り、その姿を見た時は息を呑みました。それはグレーテルも同じだったように思います。
ただそれを気のせいだと切り捨て――――今はそれを後悔しておりました。
「そなたは本当に……」
「ん?」
「いや、なんでもない………。くくく! 次は屋根の修復をしてもらうぞ! 大鍋にチョコレートをいっぱい溶かして、熱々なチョコレートを直接手で塗りつけるんだぜぇ?」
「お前、それ火傷するだろ!」
ベアトリーチェがまくし立て、バトラがそれに反応したことによって、彼女が先に何を告ごうとしたかは、底無し鍋の闇へと放り込まれてしまったのでした。
バトラが屋根の修繕―――勿論素手ではありません―――をしている頃、ベアトリーチェは遅い朝食のメニューを考えておりました。
普段は魔法で作っております。ですが、どうしてか彼らがやって来てから魔法が全く使えないのです。
「…………料理ってどうやるんだ?」
とりあえず煮込めば何か出来る気がします。薬草を茹でたりチョコレートを温めるように。
しかし、何を煮込めば良いのでしょう。なんか適当に突っ込めば良いのでしょうか。
バトラは屋根の上ですので、呼びに行くのは少々面倒でした。グレーテルは恐らくまだ夢の中でしょう。
後でバトラにやらせればいいか、と思いながらも、どうにか自分で作りたいという思いも拭えませんでした。
「あら、鍋と睨めっこしてどうしたの?ベアトリーチェさん」
「む、縁寿か。ベアトでよい、そなたの兄もそう呼んでいる」
「そう?じゃあお言葉に甘えるわ」
「良い所に来た、グレーテル。そなた料理は出来るか?」
「…………どうかしら」
「鍋に何を入れたらスープが出来るのであろうか」
「さあ? そうね、丸い石を入れて水で煮込むと美味しいスープが出来ると昔聞いたことがあるわ」
昔、母に教わった気がする、と伝えました。
ベアトリーチェは目を輝かせ、すぐに手頃な石を捜しに行きました。残された縁寿は用意された鍋に水を汲むことにしました。
いっぱいに張られた水の中にごろごろと小石を入れて、火にかけます。
ぐつぐつ。ぐつぐつ。
「特に変わらぬなぁ」
「そうね」
「もう少し待ってみるか」
妙なところで気の長いベアトリーチェとグレーテルは、ばちばちと尻を炙られた鉄の鍋を眺めておりました。
ぐつぐつ。ぐつぐつ。
すると、不思議なことが起きたのです。
「水が無くなった……」
「どうしてかしら、スープになってないじゃない」
「いや、もうちょっと煮込めば石が吸い取った煮汁が再び滲み出るに違いない」
「そうね」
蒸発という発想はこの世に存在しないそうです。
二人はこのまま待っていれば美味しいスープが出来上がると信じきっております。おいたわしやー。
「…………」
「石が…………赤くなったわ」
一体どれほどの火力なのでしょう。
「まぁいっか☆」
「そうね。スープは諦めましょ」
「っていうか家の菓子食べれば良くない? と思った妾がいる」
「嫌よ。防虫剤が大量に入ったお菓子なんて」
「防腐剤な。そういや防虫剤は入れておらぬのぉ」
「さらに駄目じゃない」
「そなた……見かけ通り厚顔だな」
「あらありがとう」
「うむ。どういたしましてなのである」
皮肉なのか本気なのか判断のつかない会話です。
「さて、どうするか」
「んーやっぱりお兄ちゃん呼んで来た方が良いかもしれないわ。お兄ちゃんなら人並みには出来るだろうし」
うんうんと頷きあって、二人は部屋を出ます。鍋に火をかけたまま。
「お前ら何やってんだ―――――!!?」
ちょうど良いところに帰ってきたバトラによって、素敵なお菓子の家は素敵な炭の家になることを免れたのでした。
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