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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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The world of fairy tale


髪を撫でて通り抜ける風が、気持ち良い朝でした。珍しく早く起きたベアトリーチェは、バトラ達を起こさぬよう静かに外に出ました。

彼等がお菓子の家に住むようになって早一週間です。
当初は一日だけの予定でしたが、魔法が使えなくなってしまったベアトリーチェは、勿論彼等を逃がすなどという失態はいたしません。一人では生活が出来ないのです。
バトラとグレーテルにとっても有り難い話でした。肉体労働があるには違いありませんが、逆に言えば仕事と衣食住が保証されるのです。

何より、互いに別れるのが惜しい気持ちになっていました。

初日から打ち解けた三人は、家事(主にバトラが)をしたり、仲良くお茶会をしたり、夜は一緒にトランプやチェスをして遊びました。
もはや、一人として欠かすことは出来ません。

表に出たベアトリーチェはそのまま散歩に出掛けました。
すると、見慣れぬ人影に気付くのです。

「早起きでお良ろしいことですねぇ、ほっほっほ」
「む?」


世界観に合わない割烹着姿の老婆でした。

「このとれたてピチピチの鯖真っ赤な林檎、どちらがお好きでございますか?」
「林檎(きっぱり)」
「……」
「そんな目で見られても林檎(どぎっぱり)」
「おいたわしや……」
「いきなり何なのだ……」

老婆は鯖の方を残念そうにしまい、ベアトリーチェに林檎を差し出しました。

「麗しい貴女様にぴったりの林檎でごさいます、どうかお収めに」
「いらぬわ。名も名乗れぬ痴れ者が」
「では私がこちらのあまり美味しそうでない方を食べますから、」
「勝手に話を進めるなあああ!!」
「展開の都合上でございます」

そう言われてしまえば、ベアトリーチェとて黙らないわけには参りません。
仕方なしに食べかけの林檎を受け取ります。
しかし、このまま言われるがままに反対側を食べるのは無用心が過ぎます。


(こやつが食べた側であれば安全であろう)

ぱくり、と老婆の歯型の横にかじりつきました。

「な、何だこれは……うぐああああ!!?」

そのあまりにも壮絶な味に、ベアトリーチェは意識を失ってしまいました。

「……鯖汁が濃すぎでごさいましたか……。こちらの綺麗な方には付けてごさいませんのに。おいたわしや……」

老婆は割烹着を勢いよく脱ぎ捨てます。白い衣の下から、藍の上品なドレスが現れました。
短かった縹色の髪はさらさらと腰で揺れ、その穏やかなかんばせには皺一つありません。

「不可効力ですね。このまま城に連れて帰るしかありません」





大変よ、というグレーテルの声に、バトラは微睡みから重い腰をあげました。寝ぼけた声で返事を出来るうちが最後の安息でした。

「ベアトが行方不明!?」
「ええ、何処にもいないわ」

何処にも、というグレーテルの言葉が信じられず、バトラも必死で探しました。グレーテルが探さなかった人一人入れるかわからないような場所も探しました。魔女だと言う彼女が「身体を軟らかくする魔法」でも使って無理矢理隠れている可能性が否定出来なかったからです。

どうせあの魔女は自分達を慌てさせる為にやっているのだ、と今までの経験から思うことにしました。だとすれば彼女の思惑通りの反応をしている訳で、それでも笑って諦めるのを待てない辺りこれは非常事態なのだと胸中のサイレンが鳴っていたのかもしれません。

「ベアトとはベアトリーチェ卿のことデスカ」
「お前は……?」


「この辺りを捜査していた潜入捜査官デス。ドラノール・A・ノックデス。ノックスではありマセン」

今まさに玄関のベルを鳴らそうとしていた少女に声をかけると、そう名乗りました。潜入捜査なのに名を名乗って良いのかと聞くと、もう必要が無くなったのだと答えました。

「……潜入捜査官? なんでそんな奴がベアトを」
「実は、ベアトリーチェ卿は数ヶ月前城から逃亡した顧問錬金術師なのデス。城の機密事項を握っている彼女を、我々アイゼルネ・ユンフラグと近衛軍がずっと捜索していたのデス。しかし、ベアトリーチェ卿はどうやら結界を張っていたらしく捜査は難航、暗礁に乗り上げていマシタ。それが、ここ数日になってその結界が壊されたのか彼女の現在地が発覚し、粛々とやって来た次第デス」

錬金術は人間には不可能な技です。どんな原子や分子を化学結合しても分解しても、金以外から金は作り出せないからです。
だからそれを魔法と呼ぶなら、否、それが可能ならばベアトリーチェは魔女と呼ぶに相応しい人物なのでしょう。


尤も、そんな定義など先送りにして。問題は、彼女が国に追われているということです。
そして、ベアトリーチェが何故いなくなったか、――――それを彼女は知っていると言うのです。

「じゃあ、ベアトはそれを悟って逃げたと?」
「イイエ、そうではありマセン」

彼女がそう告げた後の沈黙によって、近付く馬蹄の音が明瞭に響いてきました。
直ぐに到着した二頭の形も艶も立派な黒鹿毛の馬から、ドラノールのそれと同じ紋章を象った二人の女性が跳びおります。どうやら、ドラノールの部下のようです。


「謹んで申し上げ奉る。近衛軍が先に到着、連行したとの報告を受けたと知り賜れ」
「謹んで申し上げ奉る! 近衛軍特殊部隊、通称【鯖贄隊】によってベアトリーチェ卿は捕縛されたと知り賜れ!」

捕縛――――。
その単語だけが二人の耳に侃く残ります。

「鯖贄隊……だと?」
「何と言う……生臭くて生贄にされそうな気色悪い名前だわ……」

…………あるぇ?

「鯖の悪口はオススメしまセン。鯖贄隊の捕縛対象になりマス」

それだけで対象とは、一体どんな厳しい部隊なのでしょう。
グレーテル達だけでなくドラノール達も、どこか遠い別世界の悪夢が脳裏を掠め、途端に頭を振って追い出したのでした。

「じゃあ、ベアトは城にいるのか?」
「ハイ」
「連行って無理矢理ってこと? 許せないわ」
「なぁ・A・の奴。罪状は? 逃亡ってだけか? ならそもそも何があってベアトは逃げ出したんだ?」


そう問われることを予想していたのか、何拍か迷いはしたもののややあってぽつりと答えました。

「……わかりまセン。ただ捜索せよと依頼されただけナノデ」

国の絶対命令に従っただけである、と。
バトラ達は露骨に不快な表情をしました。

「会うことは出来ないの?」
「謹んで申し上げ奉る。我々はお役御免、これ以上関与は出来ないと知り賜れ」

長身の女性が代わりだって宣言します。

この件は終わったことであり自分達はもう関わりがない。則ち間接的な拒絶の言葉でした。

「駄目だな。……全然駄目だぜ」
「ハイ?」
「これならどうだ?実は俺らは訳あってベアトに匿われていたんだ。つまり一緒に住んでたわけだ。ベアトを捕縛したってんなら俺らも連れていって取り調べでもして牢にブチ込むなりするのが筋ってもんじゃねぇのか?

「そうね。その機密事項ってやつを私達に漏洩していない根拠がどこにあるのかしら。それを捨て置くなんてアイゼルネも近衛軍も廃れたものね。まぁいいわ。折角の情報だもの、他国にでも売り付けてやりましょ。ちょうど生活に困っていたところなのよ」
「ぅ……」

ドラノールはようやくその容姿に見合った子供らしい仕種を見せます。

「まあ言いたいのは」
「「城まで案内してくれるよな(わね)?ってことなんだが(けど)」」
「……構いマセンガ。しかし、その後の責任は持てマセン」
「おう、こちとら賭けて惜しいものはほとんどねぇんでな。命さえ無事ならなんとも? ってな」
「あら、牢屋って三食寝床付きでしょ? 素敵な待遇じゃない」
「……フゥ、負けマシタ。仕方ないデス、連れて行きマス」
「上司……」

指示を待つ部下、ガートルードとコーネリアに向かい、ドラノールは合図を送りました。

その忍者のような両人差し指を立てたポーズを三人が取ると、いずこからかもくもくと煙幕が立ち込めます。ぼん! と爆ぜる爆竹音に眼と耳を思わず塞ぎ、再び開けたときには。

「わんわん! デス」
「謹んで申し上げ奉る! うっきっきー! っであると知り賜れ!///」
「こっけこっこー」
「謹ん(ry ニワトリじゃない、キジだと知り賜れ!」
「みーにゃー(海猫)………キジの鳴き声なんか知らねぇし……」
「()!? またメタかよ!」
「ガートルード自重しろデス」

断っておきますが、けして動物に変身したわけではありません。
動きにくそうな着ぐるみを来た三人が、鳴きまねをしているだけです。

おかしな話から置いてけぼりになってしまったグレーテルが呟きました。

「……何よこれ……馬鹿みたいじゃない……」

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