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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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Noi abbiamo una benedizione a noi 1

(私たちに、祝福あれ)







戦人が、すぐに海へ飛び込み、後を追って来る。
だから、間に合った。
2人はお互いの姿を見ることが出来た。

魔女は戦人を見上げ、薄っすらと笑う。
言葉として、彼に聞こえることはない。
でも、はっきりと聞かせた。戦人はニンゲンの世界で生きなくてはならないのだから。


――言っただろ、戦人。

――妾は極悪な魔女だから、罪など償わぬと。
――生きてなど、償わぬと。


戦人は必死に、言葉を返そうとしていた。
でも言葉は全て、泡となって吐き出されるだけだった。

否……戦人は、言葉を返そうとなんてしていなかった。
だから、重なりあった2人の口元から零れた空泡は、戦人が魔女に与えようとした、命。

ベアトリーチェは動揺した。
戦人に追いつかれるのが怖くて。引き止められるのが怖くて。
しっかりと抱え込まずにいた事を後悔する。
ベアトリーチェの手のひらから滑り落ちたインゴットの輝きは、けして届くことのない深淵へと、速度を増して落ちていく。

でも、きっと大丈夫。だって、こんなにも海水を吸い込んでしまったドレスはとても重くて。
ゆっくりゆっくり、沈んでいくから。
そう、自分が纏ったこのドレスは、島の主の、魔女の罪の証であり枷。ゆっくりと、贖罪へ引き込んでくれる鎖。
さあ早く、戦人を突き放して、終わりにしよう。

――妾は、生きて罪を償うつもりなんて無いんだよ、戦人。

魔女を抱え込んで離さない戦人の胸を押す。
戦人は――ボートの上でベアトリーチェがやったように――彼もまた彼女の耳元に口付けると、

――それなら、お前は、償わなくていい。

――お前の罪は俺が代わりに被るから。
――俺がお前を罪に駆り立てた罪と、お前が犯した罪の両方を、贖うから。
――煉獄の山で、俺が全てを償って、帰って来るのを、どうか、生きて待っていて。

今度突き放したのは、戦人の方だった。
奇跡の加護に守られたように、ベアトリーチェを闇に招き寄せる力は潰える。
その力が無くなってしまえば、六軒島という密室で、日がな持て余しながら過ごすベアトリーチェと、怪しげな筋肉増強剤云々を自慢話にするような戦人では、どちらが先に浮いてしまうかは明白で。


蒼い世界は、二分する。闇と、光へ。
その手が離れると、ベアトリーチェは光の世界に、強い力で吸い込まれて行った。

















目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。
瞬きを数回繰り返し、そして、絶望した。

「妾は、生き延びてしまったの……?」

ここは、六軒島ではない。生と死の境に見ている夢だというのならばまだしも――否、それでもここに戦人がいないことは、絶望に値する現実。
何故。
生きるはずだった戦人が闇に残されて、自分がここにいるの?

「目を覚ましましたね。私は八城幾子。そなたは?」
「……」

――私は、だれ?
ベアトリーチェ? ――いいえ、ベアトリーチェはあの海で死んでしまった。
**? ――そのニンゲンは、私ではない。そして彼女もまた、あの島で。

「……理御」
「リオンか……。ふむ。年は?」
「……19」
「ふふふ、私と同い年ですね」
「え?」

目の前の女性は、年老いているとは言えないが、若いとも言えない。
正確な年齢は不詳であったが、少なくとも19歳には見えなかった。

「19歳だからイクコです。面白いでしょう?」
「はぁ」

彼女の語るには、19歳で生まれ変わり、それからまた19年を歩んだという。つまりそれは、38歳ではないのか。
まあ、でも、女性の年にとやかく言うのは無粋だろう。彼女がそういうならそうなのだ。

それに、正直なところベアトリーチェ――理御は、あまり彼女に関心はなかった。
他人になんて関心がないし、これからにも興味はない。白昼夢は覚めなくてはいけない。

幾子は、理御が浜に打ち上げられているのを拾ってきたのだと、危機感無い口調で語った。

――あれは、幻じゃなくて、現実。つまりつまり、彼は本当に……!

幾子が部屋を出ると、理御は幾子が林檎を剥く為に用意したナイフを握り締めていた。
その鋭利な刃は、リンゴの代わりに、もっと深い赤を求めていた。
これで手首を掻っ切れば。首に挿し込めば。腹を切り裂けば。
みんなの、みんなの、そして彼のいる、黄金郷へ。
銀色の切っ先が理御の肌に近づく。

「――やめよ理御ッ!」
「……ッ」

戻ってきた幾子が、ナイフの刃の部分を握りしめる。
彼女の手からは血が流れていた。
赤い。赤い赤い赤い。

「ひッ! い、いやあぁぁぁぁぁあぁああッ!!」
「理御!?」

フラッシュバックするのは、あの島の惨劇。
憎しみと、欲望と、悲しみと。(*と)
それらがごちゃ混ぜにになって、起こった悲劇。惨劇。
引き金を引いたのは、他でもない自分だった。
数多の世界で、その手を汚したのも、間違いなく自分だった。

――無理だ。出来ぬよ戦人。
――妾は生きて罪を償うことも、罪に背いて生きることも出来ぬ。

幾子が必死で落ち着かせようとする。
そこには先ほどまでの飄々とした様子はない。
変わった人だと思ったが、結局はニンゲンなのだ。此の世界の住人は。

――早く誘えよ、妾を。妾に相応しい世界に……!

お願いだから。
迎えに来てくれるって、約束しただろ。戦人。









けれど、誰もベアトリーチェの元には現れなかった。
彼女の解釈は間違っていた。此処はニンゲンの世界ではない。『生きた』ニンゲンの世界なのだ。
だから、誰も迎えにはこない。みんなも。戦人も。
それならばやはり、自ら押しかけるしかないと分かってはいるのだが、幾子はそれを許さなかった。
どうして気づくのだろう、いつもすんでのところで阻止されてしまう。

戦人は煉獄で償うと言っていたけれど。
生も死も選べない此処がまさに、煉獄ではないか?
ならば何故、戦人ではなく、自分が此処にいるのだろう。

――ああ、これが、生きて償うということか。

死ぬことさえ許されないのが、断罪か。








容態が回復すると、ベアトリーチェは理御として、八城家で使用人として働くことになった。
幸か不幸か、後遺症は無い。
表向きは使用人だったが、弱っていた自分に配慮したのか、或いは自分を気に入ったのか、待遇は使用人のそれではなかった。
他の使用人がいる場では同等の扱いを受けたが、2人きりになると、まるで旧知の友人のように語り合う。たまに秘蔵のワインを出してきては、グラスを交わし合う。
趣味で推理小説を書いているという彼女の話は、元気づけようとしてくれているという意図はわかるのだが、理御の心をを余計に曇らせていた。




魔女の魂は、六軒島に閉じこめられたまま。ひとつかふたつ、季節が巡る。


――――

January.13.2011

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