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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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Noi abbiamo una benedizione a noi 2

理御は目を細める。

ああ、見覚えがある、その姿。
よく映えるあの赤い髪は、長くの漂流を物語るように色を失ってしまったけれど、その姿は、紛れもなく、

「戦人……」
「知り合いですか?」
「あ……あの」
「天下の公道に倒れていたのでな。連れてきた。多少意識はあったようだが今は起きてはいない。ベットの準備をしてあげてください」

弱った身体でふらふらと彷徨っているうちに、車に轢かれたのだろう――初めは幾子を疑ったが、彼女の愛車に傷一つないのを見て安易な疑いを反省した――。

あの日から数ヶ月が経ってそれでも生きているということは、逞しくも食料調達等は出来ていたのだろう。
それでも騒ぎになっていないのだから――世間離れしている幾子は兎も角、普通の人間ならば衰弱した漂流者がいたら、病院なり警察なりに連れて行って身元が明かされてるだろう――、彼は、紛れもなく自分だけの元に帰ってきたのだ。

煉獄山の頂上で待つベアトリーチェの元に、帰ってきた。
運命は、自分達を許してくれた。

「戦人、早く話がしたい。言いたいことがいっぱいある。一緒にミステリを語り合おう。ううん、一緒にいられるだけでいい。だから、早く目を覚ませ。もう、……死ぬだなんて言わないから」

きっと、こんな短い償いでは贖いきれてなどいない。
でも、みんなが許してくれるなら、これから永い時間を懸けて、2人で償おう。

――そなたが言いたかったのは、そういう事なんだろう……?

罪は、資格を与えられなくては、償うことすら出来ない。
「生きてもいいんだよ」と言われなくては、生きることなんて出来ない。
でも、神に赦しを乞うのは容易いことじゃなくて。
それを、戦人が命を懸けて、見せてくれた。
だから今ベアトリーチェは、生きて償う意志を持っている――。






幾子が、苦笑しながら見守っていた。
再会を拒む砦だと思っていた彼女は、自分達の再会を導いてくれたウェルギリウスだった。

――愛がなければ視えない、よなぁ。

安らかに眠る戦人の頬を撫でて、席をはずす。代わりに幾子が、彼の傍らの椅子に座る。
一見、同情と興味で戦人を拾ってきたようだった彼女だが、どうやらそれだけではないような意思の片鱗を見せていた。
青年が理御の知り合いだと聞くと、いっそう丁重に扱うようになった。今も、理御と同じくらいには甲斐甲斐しく世話をする。

理御は人数分のティーカップに湯を注ぐ。慣れた手つきで棚から茶葉の缶を取り出し、葉をティーポットに入れた。
そこに、やや興奮気味の使用人の1人が現れる。
散らばった茶葉を拾うものはいなかった。

「目を覚ましたって本当ですか!?」

そこには、幾子と、上半身だけを起こした、戦人。
理御は歓喜に満ちたまま、ばとら、と、呼ぼうとした。
しかし、彼の様子がおかしかった。

「……」
「……?」
「……ええと、……もしかして、私のことを、知っている人ですか?」
「……え?」


目の前の戦人――のはずの人間は、困惑気味に、どこか申し訳なさげに、そう尋ねた。
別人? ううん、そんな筈はない。自分が戦人を見間違えるわけがないのだから。
では、これは一体どういうことなのだろう。
まさか、戦人は自分のことを、覚えてない……?
その問いに応えるように、幾子が説明する。

「何も覚えていないのだそうだ。参ったな。町医者を帰らせたばかりだが、心療の方の医者も呼ぶしかない」

覚えていない。
頭の中で立てていた仮説は、自分以外の人間によって言葉にされ、真実となった。
膨らみに膨らんだ期待に小さな穴を開ける、黄金の針。
おかしい。自分は幸せになるつもりなんて無かったのに、そして、彼がそばにいるだけでいいとついさっき思ったばかりなのに。
ほら早く、おかえりって言おう? 私。

「……」

戦人は、女に馬鹿な期待をさせる天才だ。
どんな罰を受けても、戦人はにだけは、覚えていてもらいたかった。
また忘れたなんて、嘘でしょう? 「今度はお前が引っかかったな」って笑ってよ。
今の理御は、こんなんじゃ満足出来ない。
言葉が出ない。乾いた息しか出ない。

――戦人。そなたはまだ、1人で煉獄にいるのか?

罪を償い終えていないのか。それなら残りは2人で償おう。もう1人で背負わないで。
それとも、煉獄山の長い旅の果てに、帰ってくる道を見失ってしまった……?

思い出させようと必死になった。
でも、それは彼の頭の痛みを増させる以外の何でも無い。
強制するのは良くない、という幾子の言葉に従うしかなかった。








彼に新しく付けられた名は十八。
戦人が覚えていたのは自分が18歳ということだけだった。だから、十八。
それなら、イクコという名は私の方が相応しいのでは、なんて馬鹿な事を、当の幾子に言うと、彼女は笑って同意した。

「では今より、この名は私とそなたの2人の名としましょうか」

十八と違い、公に名乗ることはできない。それでも、自分は八城幾子になった。
あの島を出て、19歳で生まれ変わった魔女。
戦人が十八であろうとするように、ベアトリーチェも使用人、理御であろうと考え始めた。
そんな彼女が手に入れたもう1つの名。
それはまさしく、19年目にしての、新たな1歩の象徴だった。

彼が思い出さなくても、また新たな関係を築こう、という1歩の為の、布石。






そんな風に思えるようになったのには理由があった。

ある日のこと。
幾子が趣味で書いた推理小説に、十八が食いついたのだ。
彼は寝付けない夜、幾子が置きっ放しにしていた原稿を読んでいた。
その小説に対する感想は、かつての彼の読み方や考え方を、当然ながら彷彿とさせるもの。
幾子も嬉しそうに、書いた物語を彼に見せるので、推理小説を好んでいたという感情が、次第に十八の中に蘇り始めたのだ。

「幾子さんに聞きました。あなたもお好きなんですよね?」

――ええ、好きです。ミステリこそ妾の魔法体系の基礎であり……いいえ、誤魔化しません。

――あなたと語り合うのが、何より好きでした。
――楽しく、慣れ合って、たまに白熱しすぎてしまったり。そんなときのあなたの表情が、声が、好きです。

「あなたの意見も聞きたい。推理小説は1人で読むより2人で読む方が楽しいです。そして、幾子さんだけでなく、あなたとも語り合いたいと、どうしてか、強く思います」

彼が十八なのか戦人なのか。彼を戦人と認めることは出来ないが、それでもこの時間は幸せだった。
理御という人間の中に、戦人を待ち続ける「ベアトリーチェ」とは別に、十八を愛する「幾子」という人間が生まれたような感覚だった。
彼が思い出すのを拒むたび、それを悲しむ自分と十八が壊されないことを歓迎する自分がいる。
それはとても不思議で、懐かしい感覚だった……。








そしてまた、季節はいくつも巡り。

書き上った原稿を前に、3人と1匹は祝杯を交わす。
十八と幾子――自分ではなく、自分達を拾った人のことだ――が共同で書き上げた小説が、漸く完成したのだ。
自分は少し手伝っただけなので、この場にいるのが忍びなかったが、何を言っても2人は帰してはくれないので、無関係者だという遠慮は捨てた。
本当は、手伝い以上の協力を求められた。でも、複雑な彼女の心が、その申し出を拒んだのだ。

六軒島のボトルメールが見つかったのは、もう数年も前の話。
事件直後に発見されたものとは別にもう1つ見つかり、六軒島ミステリーは最盛期を迎えた。

語り手は右代宮真里亞。筆者は、魔女ベアトリーチェ。
そのボトルメールによって、六軒島は安らかな眠りを阻まれ、今も好奇の目に晒され続けている。
右代宮絵羽と、戦人の妹である縁寿はその被害者の最たるものだろう。

どんなに割りきろうとしても、推理小説を書く為に筆をとる勇気は持てなかった。


――――

January.14.2011

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