桜の花の浮かぶ水槽で
鯖も泳いでます
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Noi abbiamo una benedizione a noi 3
翌朝。飲み過ぎて眠り込んでいる十八に、幾子が毛布をかけていた。
先をこされてしまったようで、少し悔しい。
離れて様子を見ていると、不意に今日の当番である使用人が、理御の肩を叩く。
「ねぇ、幾子様は、どうして彼を特別扱いするんだと思います? 理御さんは知ってます?」
「えっと……」
先をこされてしまったようで、少し悔しい。
離れて様子を見ていると、不意に今日の当番である使用人が、理御の肩を叩く。
「ねぇ、幾子様は、どうして彼を特別扱いするんだと思います? 理御さんは知ってます?」
「えっと……」
理御は表向き使用人であるが、彼ははっきりと客人――否、主人級の扱いだった。
実際の待遇でいえば、寧ろ理御の方が良いと感じていたが、周囲が十八に不信感を持つのは当然の話だった。
「彼を気に入ったからです。そなたが理解する必要ない。どうしても納得したいなら、私が囲った男妾とでも思えばいい」
いつから話を聞いていたのか、答えに窮する理御の代わりに幾子が答えた。
使用人は蛇に睨まれた蛙のように硬くなり、兎のように飛び逃げていく。
幾子が十八を匿うのは、恐らく理御の為だろう――何故自分が特別扱いされているかは知らないが――。
それでも理御は、複雑な感情を抑えることが出来なかった。
確かに幾子は十八、否、戦人に思うところがあるように見えた。
その出来事は、起承転結で言えば紛れもなく転だ。
外はいつの間にか雨が降っていた。
「……幾子さん。明かりをつけて下さい。……こんな暗い部屋でパソコンじゃ、目を悪くしますよ」
「おや、起こしてしまいましたか」
「いえ、ぐっすり眠っていました。お陰様で、頭もすっきりです」
「ひどい雨ですね。風もひどい・また雨どいが葉っぱで詰まらないといいのですが」
「……先日掃除をさせましたから、当分は大丈夫でしょう」
他愛もない会話を交わしながら、十八は幾子の元へ歩いて来た。
「幾子さんは、最近はかなりパソコンに熱心なようですね。なにか面白い記事でもありますか?」
「………馬鹿馬鹿しいと思いつつも、なかなか面白いのです。……ほら、例の六軒島事件」
「……六軒島………?」
「六軒島ミステリーの話は先日したでしょう。これが今、ネットでブームになっているのです。なそれを巡る議論や考察、中でも偽書が一番面白い。…………偽書というのは、付近の島に流れ着いた、右代宮真里亞の署名のあるボトルメッセージが、他にもあったと仮定して書いたもので…………」
ぐらりと、十八の肢体が揺れて。
「十八っ、…………大丈夫ですか…!」
「……頭が、………痛い…………………」
頭を抱え込んで膝を付く戦人を幾子は落ち着かせようとし、そして彼は、意識を失うという最悪の形で落ち着きを取り戻した。
以上が、与えられた部屋で仮眠をとっていた理御が、幾子に受けた説明。
全てを聞き終える前に、理御は幾子に捲し立て、詰問する。
「なんで……! 六軒島のことを、話したんですか……ッ! 今だから云います、あなた、私達の正体をご存知でしょう!? それでも、匿ってくれてると信じてたのに。そりゃあ、いつかは思い出して欲しいって思っていたけど、でも、こんな。無理矢理では意味がないって言ったのは、あなたじゃないですか……ッ!」
「すみません。先日話したときには、何とも無いように見えたので、先走ってしまいました」
認めた……ッ。
やっぱり、彼女は自分達が何者かを知っていたのだ。
理御は幾子を睨みつけ、罵倒する。幾子は静かに謝罪する。
あの日のような雨が、悔恨を持って打ち付ける。
しかしそんな空しい応酬も、虚しいゆえに、長くは続かなかった。
結果から言えば、戦人の記憶は蘇った。
しかし、依然として彼は十八のままで。
それどころか彼は、自分の中に芽吹いた記憶を、恐れ、拒絶した。
『右代宮戦人』であることを、拒絶した。
現実逃避などという生やさしいものではなかった。
それはまるで、あの日の、絶望を目の当たりにした自分自身のようで。このままでは本当に、壊れてしまいそう。
戦人が煉獄から帰って来れないのは、贖罪が足りてないのでも、道標を失ったからでもなかった。
帰る場所を、失ってしまったのだ。
――そなたの帰りを、妾が待っているのに。
他でもない彼自身の肉の檻が、戦人を拒む。お前なんて帰ってくるなと、鉄よりも固い扉を閉ざす。
どんなに熱い火にくべても溶けないような、硬い硬い砦を築く。
そう思うと、八城十八という人間が途端に憎らしく思えてきて。
けれどその憎しみは、理御の中のもう1つの想いが打ち消す。
そこに存在する十八を奪わないでと、否定しないでと、食い下がる。
理御の胸中は激しく渦巻いて、ぶつかり合って、最後に残った想いは、
「妾の戦人を、十八を、壊さないで……」
幾子は、十八自身の言葉であの日の記憶を語らせた。
十八は、戦人の記憶の殆ど全てを思い出していた。
しかし、――理御しか知り得ないことだったが―― 一部が抜け落ちていた。
知りたくない真実を拒む防衛本能が、もう1度、知らなくていい一線を護るために働いたのだろう。
否、「知りたくない真実」ではなく『右代宮戦人』を受け入れたくない本能、か。
「十八、あなたは八城十八です。右代宮戦人ではありません」
「……でも、私は、……」
「右代宮戦人は、あなたが考えていたミステリの主人公。そうですね?」
「え……?」
十八が語ったその内容を、幾子は会話の中で物語として脚色する。『右代宮戦人』を、実在の人物ではなく物語の登場人物であると、彼の記憶を書き換える。
……明らかに、記憶喪失を解消するための療法ではなかった。
そして、あの混乱ぶりを見ては、それは仕方のないことでもあった。
どんなにベアトリーチェが嘆いても、“理御“にはどうすることも出来ない。
ベアトリーチェは何もせず、ただ信じて待つ。彼が今度こそ間に合うことを。彼が壊れてしまわないことを。
「なんなのだ、これは……」
パソコンの画面の前で、理御は目を疑った。
世間一般に広く流布した、六軒島事件の謎。それは当初、唯一生き残ったとされる絵羽に疑惑が集中した。
しかし昨今、世間では絵羽説が飽きられはじめ、生存者は他にはいないのか、という、知的欲求を満たすためだけの疑惑が挙がりはじめる。
中には実際の調査結果や生前の評判を根拠にしたものもあったが、多くは拡大解釈であり、根底にあるのはやはり刺激の追求だった。
その最右翼は、ボトルメールで両方生存していて、真里亞のように遺体も確認出来ていない、右代宮戦人が犯人ではないか、という推理。
何という暴論。
だってそのボトルメールは、自分が出来心で流した物で。
戦人が生き残り、黄金郷にも招かれないのは、簡単な話。創作の中でさえ戦人を殺すことが出来なかっただけなのだ。
自分の書いたボトルメールが、戦人にまで魔の手を及ばせようとしている。
そんなことは絶対に、許さない。
何を犠牲にしても、この平穏だけは守って見せる。
理御が用意したのは、十八の証言を、幾子がまとめた文書だった。
そして理御はキーボードに向かう。
ふう、と深く息をついた。何を犠牲にしたって。
……。カチ。
理御が打ち出した世界たちは、無限の魔力を持って、猫箱の外を謳歌しだす。
六軒島ミステリーは、新たな広がりを見せようとしていた。
右代宮絵羽が大病を患い、余命幾許もないと宣告された頃。
インターネットを通じて公開された1つの偽書が、ウィッチハンターをはじめとする、世の好事家達の注目を集めていた。
それは、一見他の偽書と代わり映えしない絵羽犯人説を主軸とした物語。
それがここまで注目され、真相に至っているのではとまで囁かれた。この偽書が話題を集めたのには、もちろんわけがあった。
1つ目は、警察が辛うじて集めた状況証拠や右代宮絵羽の証言、それら全てに矛盾しないものだったこと。
2つ目は、流れ着いたボトルメールと作風、文体が似通っていたこと。全く同じというわけではない、「文末に感じる魔法への理解が同一なのだ」と、あるウィッチハンターは語っていた。
その偽書、『Banquet or the golden witch』が公開されると、絵羽犯人説は事件直後の興隆に帰るように真実味を帯び、広域の支持を集めた。
一部の人間の支持を受けていた『戦人犯人説』は、その勢いと、終盤で絵羽が戦人を殺害したと考えられる描写があったことから、特に意味のない、過剰な勘繰りだったと片付けられ、残った支持者も大々的に公表することはなくなった。
――――
January.15.2011
実際の待遇でいえば、寧ろ理御の方が良いと感じていたが、周囲が十八に不信感を持つのは当然の話だった。
「彼を気に入ったからです。そなたが理解する必要ない。どうしても納得したいなら、私が囲った男妾とでも思えばいい」
いつから話を聞いていたのか、答えに窮する理御の代わりに幾子が答えた。
使用人は蛇に睨まれた蛙のように硬くなり、兎のように飛び逃げていく。
幾子が十八を匿うのは、恐らく理御の為だろう――何故自分が特別扱いされているかは知らないが――。
それでも理御は、複雑な感情を抑えることが出来なかった。
確かに幾子は十八、否、戦人に思うところがあるように見えた。
その出来事は、起承転結で言えば紛れもなく転だ。
外はいつの間にか雨が降っていた。
「……幾子さん。明かりをつけて下さい。……こんな暗い部屋でパソコンじゃ、目を悪くしますよ」
「おや、起こしてしまいましたか」
「いえ、ぐっすり眠っていました。お陰様で、頭もすっきりです」
「ひどい雨ですね。風もひどい・また雨どいが葉っぱで詰まらないといいのですが」
「……先日掃除をさせましたから、当分は大丈夫でしょう」
他愛もない会話を交わしながら、十八は幾子の元へ歩いて来た。
「幾子さんは、最近はかなりパソコンに熱心なようですね。なにか面白い記事でもありますか?」
「………馬鹿馬鹿しいと思いつつも、なかなか面白いのです。……ほら、例の六軒島事件」
「……六軒島………?」
「六軒島ミステリーの話は先日したでしょう。これが今、ネットでブームになっているのです。なそれを巡る議論や考察、中でも偽書が一番面白い。…………偽書というのは、付近の島に流れ着いた、右代宮真里亞の署名のあるボトルメッセージが、他にもあったと仮定して書いたもので…………」
ぐらりと、十八の肢体が揺れて。
「十八っ、…………大丈夫ですか…!」
「……頭が、………痛い…………………」
頭を抱え込んで膝を付く戦人を幾子は落ち着かせようとし、そして彼は、意識を失うという最悪の形で落ち着きを取り戻した。
以上が、与えられた部屋で仮眠をとっていた理御が、幾子に受けた説明。
全てを聞き終える前に、理御は幾子に捲し立て、詰問する。
「なんで……! 六軒島のことを、話したんですか……ッ! 今だから云います、あなた、私達の正体をご存知でしょう!? それでも、匿ってくれてると信じてたのに。そりゃあ、いつかは思い出して欲しいって思っていたけど、でも、こんな。無理矢理では意味がないって言ったのは、あなたじゃないですか……ッ!」
「すみません。先日話したときには、何とも無いように見えたので、先走ってしまいました」
認めた……ッ。
やっぱり、彼女は自分達が何者かを知っていたのだ。
理御は幾子を睨みつけ、罵倒する。幾子は静かに謝罪する。
あの日のような雨が、悔恨を持って打ち付ける。
しかしそんな空しい応酬も、虚しいゆえに、長くは続かなかった。
結果から言えば、戦人の記憶は蘇った。
しかし、依然として彼は十八のままで。
それどころか彼は、自分の中に芽吹いた記憶を、恐れ、拒絶した。
『右代宮戦人』であることを、拒絶した。
現実逃避などという生やさしいものではなかった。
それはまるで、あの日の、絶望を目の当たりにした自分自身のようで。このままでは本当に、壊れてしまいそう。
戦人が煉獄から帰って来れないのは、贖罪が足りてないのでも、道標を失ったからでもなかった。
帰る場所を、失ってしまったのだ。
――そなたの帰りを、妾が待っているのに。
他でもない彼自身の肉の檻が、戦人を拒む。お前なんて帰ってくるなと、鉄よりも固い扉を閉ざす。
どんなに熱い火にくべても溶けないような、硬い硬い砦を築く。
そう思うと、八城十八という人間が途端に憎らしく思えてきて。
けれどその憎しみは、理御の中のもう1つの想いが打ち消す。
そこに存在する十八を奪わないでと、否定しないでと、食い下がる。
理御の胸中は激しく渦巻いて、ぶつかり合って、最後に残った想いは、
「妾の戦人を、十八を、壊さないで……」
幾子は、十八自身の言葉であの日の記憶を語らせた。
十八は、戦人の記憶の殆ど全てを思い出していた。
しかし、――理御しか知り得ないことだったが―― 一部が抜け落ちていた。
知りたくない真実を拒む防衛本能が、もう1度、知らなくていい一線を護るために働いたのだろう。
否、「知りたくない真実」ではなく『右代宮戦人』を受け入れたくない本能、か。
「十八、あなたは八城十八です。右代宮戦人ではありません」
「……でも、私は、……」
「右代宮戦人は、あなたが考えていたミステリの主人公。そうですね?」
「え……?」
十八が語ったその内容を、幾子は会話の中で物語として脚色する。『右代宮戦人』を、実在の人物ではなく物語の登場人物であると、彼の記憶を書き換える。
……明らかに、記憶喪失を解消するための療法ではなかった。
そして、あの混乱ぶりを見ては、それは仕方のないことでもあった。
どんなにベアトリーチェが嘆いても、“理御“にはどうすることも出来ない。
ベアトリーチェは何もせず、ただ信じて待つ。彼が今度こそ間に合うことを。彼が壊れてしまわないことを。
「なんなのだ、これは……」
パソコンの画面の前で、理御は目を疑った。
世間一般に広く流布した、六軒島事件の謎。それは当初、唯一生き残ったとされる絵羽に疑惑が集中した。
しかし昨今、世間では絵羽説が飽きられはじめ、生存者は他にはいないのか、という、知的欲求を満たすためだけの疑惑が挙がりはじめる。
中には実際の調査結果や生前の評判を根拠にしたものもあったが、多くは拡大解釈であり、根底にあるのはやはり刺激の追求だった。
その最右翼は、ボトルメールで両方生存していて、真里亞のように遺体も確認出来ていない、右代宮戦人が犯人ではないか、という推理。
何という暴論。
だってそのボトルメールは、自分が出来心で流した物で。
戦人が生き残り、黄金郷にも招かれないのは、簡単な話。創作の中でさえ戦人を殺すことが出来なかっただけなのだ。
自分の書いたボトルメールが、戦人にまで魔の手を及ばせようとしている。
そんなことは絶対に、許さない。
何を犠牲にしても、この平穏だけは守って見せる。
理御が用意したのは、十八の証言を、幾子がまとめた文書だった。
そして理御はキーボードに向かう。
ふう、と深く息をついた。何を犠牲にしたって。
……。カチ。
理御が打ち出した世界たちは、無限の魔力を持って、猫箱の外を謳歌しだす。
六軒島ミステリーは、新たな広がりを見せようとしていた。
右代宮絵羽が大病を患い、余命幾許もないと宣告された頃。
インターネットを通じて公開された1つの偽書が、ウィッチハンターをはじめとする、世の好事家達の注目を集めていた。
それは、一見他の偽書と代わり映えしない絵羽犯人説を主軸とした物語。
それがここまで注目され、真相に至っているのではとまで囁かれた。この偽書が話題を集めたのには、もちろんわけがあった。
1つ目は、警察が辛うじて集めた状況証拠や右代宮絵羽の証言、それら全てに矛盾しないものだったこと。
2つ目は、流れ着いたボトルメールと作風、文体が似通っていたこと。全く同じというわけではない、「文末に感じる魔法への理解が同一なのだ」と、あるウィッチハンターは語っていた。
その偽書、『Banquet or the golden witch』が公開されると、絵羽犯人説は事件直後の興隆に帰るように真実味を帯び、広域の支持を集めた。
一部の人間の支持を受けていた『戦人犯人説』は、その勢いと、終盤で絵羽が戦人を殺害したと考えられる描写があったことから、特に意味のない、過剰な勘繰りだったと片付けられ、残った支持者も大々的に公表することはなくなった。
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January.15.2011
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