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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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Noi abbiamo una benedizione a noi 4


『八城十八』が小説家としての人生を歩み始めてから、時は駆け足で進んでいた。
幾子と理御は、出版社の応接室に向う為、閑散とした廊下を歩いていた。

「まあ、いくら金を積まれても、彼に会わせることは出来ませんよね。ですが、何故私を供に?」
「外の世界で何があったのか、そなたが十八に報告するのではないですか?」

現実を物語に書き換えるという形振り構わぬ手段が功を奏したのか、十八はとっくに落ち着きを取り戻していた。
しかし、彼を外に出すことは全く別の話。
相手が身元も明かさず、金だけで通そうとしている輩なら尚更だ。

「理御? どうした?」
「幾子様……あ、あの人は……」
「……。右代宮、縁寿、か」

事件後絵羽の養子となった、右代宮の生き残りの1人。10年以上会っていないが、彼女の容姿は、何度も報道されたゆえに知っている。
絵羽の容態は悪化する一方だと聞いている。
しかし彼女に、そんな絵羽を案じる様子はなく、彼女達がどのような十余年を歩んできたか、推し量ることが出来た。

――右代宮縁寿が八城十八のもとへ訪れる。

縁寿の腹中は想像するしか無い。しかし、偽書作家伊藤の正体を掴んだという点は断定して間違い無いだろう。
右代宮を名乗れないのは、恐らく絵羽に隠れて訪れたからだ。

「で、散々待たせといて来ないの?」

縁寿は不満を隠すこと無く編集者にぶつける。

「は、はあ、後日改めてということでして」
「……。そう。そうよね、突然来て札束振り回す小娘に、話題の大先生を出したくないわよね。じゃあ伝えといて。『あんたのやってることを許せない人間がいる』って。私もそこは譲れないわ。ま、どうせ伝えずにもみ消すんでしょうけど。お邪魔したわね。あんたの言う後日ってやつが早々に来ることを祈ってるわ」









自室に十八はいなかった。きっとまた書斎に篭っているのだろう。
暇さえあればミステリーを読み漁るまでに回復しているのだ。
1度読んだ作品を、もう1度知らない状態から楽しめるのはちょっぴり羨ましい。

書斎の扉は開いていた。2人が足を踏み入れると、彼はすぐに気づく。
十八は親指をぺろりと舐め、次のページへ捲りながら2人に顔を向け、朗らかに「おかえりなさい」と言った。
ドクリと、大きく鼓動が鳴る。
多分、自分は黙って、幾子に任せていたほうがいい。

『外の世界で何があったのか、そなたが十八に報告するのではないですか?』

でも、自ら伝える。それは理御が、この家に帰る前に決めていたことだった。
それは彼に向きあう覚悟であり、六軒島ミステリーを好奇の目に晒した罪へのけじめ。

――報告だけなら大丈夫、だと思う。だが、選んで欲しい選択も、選んで欲しくない選択も、ある。

「十八様、落ち着いて聞いてください。今日、右代宮縁寿という人に会いました。右代宮戦人の妹さんです」

十八の動作が止まった。同じくして、理御も。
幾子の腕が理御を制する。

「六軒島の詳細を知る、八城十八を探しているらしい。いやいい、考えるな。頭痛になるであろう。彼女が求めているのは右代宮戦人ではなく八城十八、そなたです。六軒島ミステリーという物語の原案者であるそなたです。……その上で聞きます。彼女に会うつもりはありますか?」

十八が額を抑える。
ごくりと理御の喉が鳴った。……また、先走ってしまったか?


「……すみません、断って、下さい……」
「そうですか。私もそれがいいと思います」

幾子が賛同する。理御はホッと胸を撫で下ろした。
良かった、と思う。会うと言い出したらどうしようと考えていた。
いや、そんなことよりまた、気が狂れたように――比喩で済むならなんと幸運なことか――暴れだしたらどうしようと。










持ち堪えたとはいえ、彼の精神状態が後退したのは言うまでもなかった。
幾子は再び『右代宮戦人』を物語に閉じ込めようとするも、はじめのように容易に受け入れることはない。
妹が現実にいるのに、兄だけが空想の世界の住人だなんておかしいのだ。

良く言えば、戦人は人として認められたまま、少しずつ主張をし始め、それでも錯乱して恐慌状態に陥ることはない。
『ベアトリーチェ』にとっては首の皮1つ繋がった、表面だけ見れば進展にも思えるのだが、

「私は、右代宮戦人……。」
「違います。そなたは八城十八です」
「でも、私は。妹を、孤独から引き上げなくてはいけない筈だったんです……! 1人にしては、いけなかったはず……!」

彼がそう声を荒らげる度に、ベアトリーチェは、己の心臓を握られたような気分になる。今すぐにでもぎゅっと潰されてしまいそうな。
だって、縁寿の名を聞いた途端、戦人が現実の存在だと思い出すなんて。まるで。

――戦人が帰ってきたのは、妾の為じゃなくて、縁寿の為だとでも言うのか?

「ごめんなさい」
「どうしてあなたが謝るんですか?」
「私は、妾は、今、とても黒い感情を抱いています。あなたの、そなたの、帰還の目的は、一体どちらだったんですか……?」
「……。私は、何か、大切な事を忘れている……?」

――忘れている? それを、そなたが、言うの?

そうだ、忘れている。お前は忘れている。
以前犯した罪をまた、繰り返している。

「……忘却は罪です。温もりを教えてから、独りにすることも、罪です」
「理御さん? 私には、あなたに何か、罪があるんですか?」
「……その罪は、あなたと理御の間のものではありません」
「でも、あなたの目は、私を責めているように見えます……」

責めている、か。
元はといえば、ベアトリーチェの心の弱さが戦人を煉獄に追いやった。
だから、戦人が彼女を忘れたことは彼女の自業自得で、ましてや彼の留守を守っている十八に、罪はないのだ。

「そう見えるのなら、そなたに心当たりがあるのではないか?」

何が罪かわかりますか。  ――知恵の実を口にしたからではありません。
何が罪かわかりますか。  ――蛇の甘言に耳を貸したからではありません。
まだ罪がわかりませんか。 ――それこそがあなたの罪なのです。

「わからない……ッ。教えて下さい、私は一体、誰」
「自分で知れ。妾にこれ以上惨めな思いをさせるな! そなたが誰か? そんなこと、そんなこと……!」

それはまるで、赤き真実で貫くように、自らはけして抜くことの出来ない剣を、彼に打ち付ける。
そして同時に、自らにも突き刺さるのがわかる。そなたの冷たい冷たい言葉。……何色だろう?

「なあ、十八、戦人。そなたはミステリーが好きなのだろう? そなたの物語が、世間に認められるほどの頭を持っているのだろう? ならば答えよ、妾の謎に……ッ、妾は、……私は……」


大きな亀裂の入った理性の壁が、決壊する。その破片達は、ガラガラと崩れ落ちて、やがて音を立てるのをやめた。
理御は今にも泣きそうな笑いを浮かべる。
十八は驚いて理御の肩を掴むと、理御は力を抜く。自然に、抱きしめられた形になった。

「……私は、だぁれ?」

理御の中で、何かがぷつりと、途切れた気がした。










その日の当直の使用人は、幾子を探していた。
八城十八宛てに、無記名の届け物が贈られてきた。
『八城十八』は小説家としてそこそこの知名度を得ていたので、珍しいことでもなく、贈り主は恐らく読者だろうとアタリをつけた。
使用人は、神出鬼没の幾子を漸く見つける。幾子は使用人の気苦労も素知らぬ顔で、躊躇なく受け取ると、添え付けの文を読んだ。
幾子は暫し黙考し、指示を待って控えていた使用人に、十八を呼ばせた。

取り出したのは、鎖でぐるぐると何重にも雁字搦めにされた本と、金色の鍵。
試してはいないので推測だが、対になっているのだろう。
鍵は見るからに高そうな石で象った凝った細工と、思わず目を瞠るような、頭の奥で警鐘が打ち付けるような、……眩い純金の光。

――でも、その光は、とっくに深淵に落ちていって筈で。……え?

「この鍵は……」
「差出人はありませんでした。ただ、あなたに預かって欲しいとだけ」
「私に?」
「『Banquet or the golden witch』『Alliance of the golden witch』の「原案者」である「八城十八」に、だそうです」

偽書の名は、十八も知っていた。その礎に自分の証言があることも、すぐにわかった。
真っ先に疑ったのは幾子だったが、驚くことに、「公開したのは自分だ」と理御自ら告白した。
十八は理御を責めなかった。彼女に何か事情があるのではないか、と常々考えていたからだ。――それは先日の様子で確信に変わった。

だから十八はただ、絵羽に申し訳ないと思っている。
せっかく、やっと彼女のもとに訪れる筈だった静寂を、奪ってしまったは事実なのだから。

十八は黙考する。
差出人は不明。だから、一体誰がこんなモノを送りつけてきたのかはわからない。でも。

「預かります。それが私に与えられた、使命の1つだと思うから」

何故かはわからないけれど、心の中の自分が、少しだけ安堵したのがわかった。








右代宮絵羽が息を引き取ったのは、それから数週間後のことだった。


――――

January.16.2011

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