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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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Noi abbiamo una benedizione a noi 5

話は、絵羽の存命時に遡る。
鍵と書籍が贈られた直後のことだ。
以前にも増して、十八は毎晩のように悪夢に悩まされていた。
次第に、それは夜だけに収まらなくなり。

怖い。
日を増すごとに、音がする。『右代宮戦人』が叩くノックの音。
そこには自分しかいないはずなのに、確かに聞こえる。
怖い。戦人に、強引にブチ破ることはしないだけの仁徳があるらしい事だけが幸いだった。

でも、『帰りたい』と。『戻らなくてはいけない』と。
戦人は懇願していた。痛々しいくらいに。

十八はふと、理御を思い出す。
恐らく、いや間違いなく、彼女は昔の自分を知っているのだ。
彼女はとても優しくしてくれた。不自然な程に。
彼女との語らいが当初から、ずっと昔からあったことのように馴染んでいたのは、きっとそれが真実だから。

罪があると言った。
思わず目を背けてしまいたくなるのに、目を離せない、美しくて悲しげな笑みだった。

――強かな女性だと勝手に思っていたが、繊細な人なのかも知れない。

華奢で繊弱な身体を、ぎゅっと抱きしめたときの、ぬくもり。
温かいのに、記憶のどこかのその感触が、とても冷え切ったものだった。

理御はあれから、まるで人形のように生気を失ってしまった。
必死に紡いで、つなぎとめていた糸が切れてしまったように。
虚ろな瞳は、虚無の世界を泳ぐ。そんなところに、彼女の求めるものは無いのに。
そんな彼女を、戦人が、とても哀しそうに見つめてるいるようで。

預けられた本を眺め、くらりと眩暈を覚える。
きっと、開くだろう。見る限り相当に悪質な封だが、鍵を添えつけられているのだから、開けることは出来る。
好奇心では説明がつかない感情だった。

知らなくてはいけない。
知らないことは許されない。
たとえ、ひとたび知ってしまったら、知る前に戻ることはできないとしても。

「あーん、ベルンのいけずぅ! そんな手は卑怯だわー!」

少女はチェス盤に向かっていた。
対戦相手の席には、幾子の飼っている老いた黒猫ベルン。
いつも通り、梅干を咥えてにゃーにゃーと鳴いているし、見間違いではないと思う。

「……。猫、ですよね」
「まー失礼ねー! べるぅんはただのニャンコじゃないのよ! 私のかわいいかわいい遊び相手ッ。そして幾子さんの命の恩人……ううん、オンビョウなんだからッ! ま、私は奇跡なんて不確かなものより自分の努力で掴んだものの方が価値があると思うけどね」

そう言うと、少女は十八の顔をまじまじと眺め、にやりと口を三日月の形に変えた。

「でも、あんたがもし『あの日の真実を知りたい』と思うのなら、この子は微笑んでくれるかもね?」
「な……っ」

十八は動揺する。
少女は十八よりずっと年下だったが、その誘いは1000年をとうに越す時間を生きた、魔女のものだった。

『あの日の真実を知りたい』

知りたくないといえば嘘になる。
自分はあの日、六軒島に行ったはずなのだ。
それなのに、自分がどうしてここにいるのか、十八は知らない。
記憶が、欠けている。無意識に封じ込めているのか、戦人が渡すまいと持って行ってしまったのかは分からないが。

足りないピースが嵌れば、この不安定な精神も、落ちつくべき場所に落ちつくだろう。
けれど、それは、どこだ……?


怖い。『右代宮戦人』の帰還が。
自分という存在が無くなってしまうのが、怖い。
あの鍵を差し込んで回してしまったら、自分の居場所が押し潰される程に勢い良く、戦人が流れこんでくるような気がして。

「はあ、全く、私は一心不乱に頑張る人間が好きなの。だから今のあんたみたいにうだうだしてる人間はキライ。あーあ、理御の言ってた昔のあんたの話と噛み合わないわ。どんなに馬鹿でも後先考えてなくても突っ走る、『右代宮戦人』って人間の方がその肉体には相応しいと思うわ。ねぇそうは思わない? くすくす」

少女の言葉は的確に十八の心の真ん中を抉る。
少女は暫しうんうんと唸り、焦れったそうに「あーもう!」と叫ぶ。
椅子を傾けて仰反ると、少女の膝がテーブルに当たる。
盤が揺れ、駒が倒れそうになるのを、黒猫ベルンが小さな手でおさえる。お利口さんだ。

「……。勘違いしないでちょうだいね? 私はあんたに記憶を取り戻せって言ってるんじゃないの。どっちかはっきりしろって言ってるのよ。あんたはこのまま、八城十八として生きて行くのか、それとも右代宮戦人と向き合うのか。ゆっくり考えたっていいわ。でも私が協力するのは今決めた場合だけってこと。私の気まぐれが長く続くと思わない方がいいわ?」

ベルンがちらりと一瞥し、席をたつ。
「座るなら勝手にすれば?」ということらしい。
十八は悩んだ挙句、まだ黒猫の体温が残った椅子に手を伸ばし、席に着く。

「ふふ、最初っからそうしてればいいのよー! 私、あんたはキライだけどあんたの書く物語は嫌いじゃないの。だから相手してあげる。そっちの手は途中までベルンが進めたから続きからね。ああ、先に今までのお話を遡りましょうか」
「手? 物語?」
「偽書って知ってるでしょ。ネットに大量に流れてるヤツ。あんたも間接的に書いたことになるわね。……私は、あの日の真相を聞いている。見てはいないけどね。だから、あなたのヒントになるような物語が綴れるわ」
「それが、ベルンと何の関係が?」

十八は頭を擡げる。

「私は『絶対』を信じるニンゲンだけど。あの子の物語をなぞるならそれに則るべきだろうと思って、ノイズを撒いたのよ。この子がこのチェス盤を弄る度に多少物語を変えるように自分ルールってヤツを付け加えたの。いいわよね? だってこれは答えではなくヒントなんだもの。タダではあげないわ。掴んで見せなさい、あんたにその意志があるなら」
「自分ルール……」
「何か文句でも?」

少女が胸を張るので、それ以上何も言わないことにした。機嫌を損ねて得はない。
十八が押し黙ったので、少女はふんと鼻を鳴らして満足気な様子を見せた。








幾子の自室には、幾子と理御の2人だけがいた。
幾子が人払いをした上で自分を呼びつけたのだ。
彼女にとって理御とは一体何なのだろう。
ただの、話の合う、友人……?

「十八はどうしていますか?」
「近所の女学生と推理談義をしているみたいです。ほら、ミヨちゃんって子。八城十八の居所を真っ先に掴んで入り浸ってる」
「ああ、そういえばそなたも、あの子とは仲が良いようですね。私に出来ない相談事もしているようで。年が近いと話しやすいのでしょうね。ふふふ、ちょっぴり妬いてしまいます」

幾子はくすくすと声を出して笑った。


「幾子さんとの差と大して変わりませんよ。私のこと、一体いくつだと思っているんですか」
「ああ、そうでしたね。あまり変わらないから、あなたも年を取っているということをつい忘れてしまう」
「それは褒め言葉として受け取っても?」
「ええ、構いませんよ。ふふふ。……」

幾子は更に笑い、ほんの少し思わせ振りな顔をした。
やはり以前より、窶れたように思う。

「幾子さん……。容態は?」

理御の問いに、幾子は表情を変えず答える。

「……。そなた達の恋が成就するのを、この目で見たかったです」
「そんなこと、言わないでください」
「私は、そなたの方が心配でならない。そなたはまるで、人形のようだ。昔の、拾ったばかりの頃のような目をしている」

病床の恩人にそんな心配をかけてしまう自分が情けなかった。
でも、上手く笑えない。違う意味の笑いが零れた。

あの戦人に会いたいと願う魔女が。
彼の妹に対する嫉妬なんて理由で、ニンゲンとしての自分に影響を及ぼすまでに、理性の箍が外れる。
それは既に、喜劇なのだから。

「……」
「理御。いいえベアトリーチェ。私の、妾の話をよくお聞きなさい。そなたにだけ教えます。妾の、昔話を……」

そう言って、幾子は語り始める。
もう1つの、記憶を巡る旅の始まりだった。


――――

January.17.2011

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