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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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届けて下さい(紫苑様へ)


紫苑様へキリリク品。
リク内容『次男一家ほのぼの』



――――


1982年


特に薄くも厚くもない雲の間から、僅かな光が差し込めている。直視しても差し支えないような僅かな光だ。
どこからか聞こえるサイレンを事実そうであるように他人事と切り捨てて、ある程度離れた工場から放出される黒煙も、留弗夫の世界には入ってこない。

いつの間にか昼近くになっていた。
たまの休日と転寝していた留弗夫は、玄関先の物音に気付く。郵便、か。

霧江は縁寿を連れて公園に出掛けている。
彼女が帰ってくるまで放って置いても良いわけだが、もし身に覚えのある女の子からだったら……。い、いや相手は選んでるつもりだしそんなあからさまなことをする女は……。

悶々と考えながら、テレビのリモコンを手繰り寄せる。
耳半分で聞いていたニュースキャスターの声が途切れると、起き上がり郵便受けに向かった。

「あー? 通販の広告に契約の更新にってか広告多いな」

ぶつぶつと呟きながら、一通一通チェックしていく。
不意に、手が止まる。

「俺宛て……?」

自分宛ての郵便物は大して珍しくもない。それなのに、その封筒は目に留まる。
それは、第六感的なものだけではなく、確かに不自然だったから。

白い封筒。中に何か入っているらしく膨らんでいて、規定重量を超えた分切手が多く貼り付けられていた。
差出人は書いていない。

なんだこりゃ、と眉を潜め乱暴に封を開ける。
便箋、でいいのだろうか。無地の白い紙が一枚。8桁の数列が列んでいる。

「えーと日付か? 1980年……ってこれ、明日夢の命日じゃねーか」

同封されていたのは、かつて彼が亡き妻に贈った銀のブローチ。少し錆びて褪せた鉛色。
便箋の末尾に印された名は。―――右代宮明日夢。

バレバレだっつーの、と溜息を零す。

死んだ人間からの手紙とでも思わせたかったのだろうか。冷静に考えてあるわけがない。

そしてこんな事をする犯人も、ほぼ確実に断言できた。

尤も、だからと言って精神的ダメージはそう変わらない。
否、想いが『生きている』分よっぽどキツイ。

「こんな陰湿なことやる暇があったら、帰って来いよ……戦人」


――――


1985年


「縁寿! 本っ当にすまねぇ!」

ドアを開けるやいなや、戦人がそう謝罪する。
嬉々として出迎えた縁寿が首を傾げる奥で、留弗夫は押し固まっている。
しかし戦人からは見えないらしい。目の前の妹に謝ることしか考えていないからだろう。

縁寿の誕生日。
今日で5歳になる娘はずっと前からこの日を楽しみにしていた。
誕生日自体も勿論だが、たまにしか会えない兄が来てくれると約束してくれていたからだ。
同時に、留弗夫は息子の動向……一挙一動に、別の意味で夜も眠れぬ思いをしてきた。

ここに来てのこの謝罪である。
無事来てくれたことに安堵した直後であった為、留弗夫は霧江が思わず憐れんでしまう程硬直していた。

「お兄ちゃんどうしたの?」
「ば、戦人、お前まさか帰r」
「俺には本物の牛を買う経済的余裕は無いんだ、これで許してくれ!」


……は?

キャンプでもするつもりか、とツッコミたくなるような大荷物から袋を取り出す。マトリョーシカ……。
荷物はぺしゃんこになる。その袋が嵩の大半を占めていた。

――――泊まるつもりはなかったのか。ちっ。

「なんだそりゃ……」
「何って、牛のぬいぐるみ?」

両腕にも余るその体の白と黒の斑模様は間違いなく牛である。牛である。
牛で……それはわかるのだが。

「何故牛!?」
「わああ、かわいい!」
「え、縁寿お前それで良いのか? 牛だぞ牛!?」
「えー、うしさんかわいいじゃない。お父さんよりも☆」
「ひでぇ!!? (泣)」

二つに結わえた朱を揺らし愛くるしく断言する娘。

何故比較された、自分。そして何故負けた。いや娘に可愛いって言われるのもアレだけど。

「だいたい親父が言ったんだろ? 縁寿の誕生日プレゼントは牛が良いって」
「言ってねぇ!」

何の言い掛かりだ。

「招待状に牛のシール貼ってあったじゃねーか。あれそういう意味じゃないのか? 違うならなんで貼ったんだ、まさか趣味かぁ? カッコつけの親父ぃ」
「あらあなた、そんなもの貼ったの? くすくす!」
「はったのー? くすくすー!」
「俺フルボッコ(涙目)」

世間の隙間風どころか家庭内で北風がビュンビュン吹いている。

――――率直に話そう。
年賀状用の余りだ。

何だか率直過ぎたので説明するが、こういうことである。

なんだかんだで自分が招待状を書く事に決まってしまい、頭を抱えていた。それこそが霧江の目的だったんだろうが、無責任な……。
自分からの手紙じゃ読んでもくれないのでは、と思いながら、仕方なしに恥を捨てて娘に助言を求めた。

『かわいいしーるをはればいいよ!』

にっこり。
なんとも4歳女児らしい回答である。送る相手は高校生男子なのだが。
が、……こともあろうに、留弗夫は真に受けた。つくづく子育ての才能がない男である。

――――と言っても何を貼れば良いのか。

(部下の給料明細書……)

……!? 心の声よ、どうしてそうなった!?
それ貰っても嬉しくないどころか既ににある巨大な溝が修復不可能にまで悪化するだろう! 個人情報漏洩反対!

その後も常人の斜め下をいく発想に辟易し、結局今年の年賀状に使った物を貼って送ったのだった。
貼ること自体を省みることはただの一度もなかった……。



「えんじぇはどうぶつさんすきだからうれしい! ありがとうお兄ちゃん!」
「そうかーじゃあ今度は親父に本物買ってもらえよー?」
「うんっ」
「らめぇぇぇぇ!」


――――


縁寿の声から遠ざかるように、留弗夫は廊下をうろついていた。


さて。どうしようか。
このどデカイ図体を隠せる場所なんてあるだろうか。
頭隠して尻隠さず、という言葉があるが上半身と脚部はどうなった。そこが体積が大きくて1番重要だろう。まさかの透明人間説か? 否、それなら尻も透明にするべきだろう。頭と尻だけ浮かんでる妖怪。気持ち悪いな。

閑話休題。もうわかったと思うがただ今『かくれんぼ』をしている。
ジャンケン勝負。4回あいこを踏んだ末、縁寿が鬼。今、50秒分の21秒が聞こえたところだ。
子供が数える1秒は長い。歳をとったなぁと少し切なくなる。

ともかく、『縁寿の拍』であと30秒残っているわけだが、そこでこの命題である。
生憎留弗夫は透明人間ではないのだ。頭と尻以外も隠さなくてはならない。

いっそ誰でも気付くような所に隠れ、娘に華を持たせてやるべきか。またフルボッコにされる理由を作るようなものだが。……うん駄目だな。餌をあげすぎるのは。真剣にやろう。

そんな風に結論付け、適当な部屋に入る。

「んーと?」
「お父さんみぃ~っけた!!」

ずるっ。

「縁寿ぇ!? お、驚かすな! まだ50秒経ってないだろ?」
「たったよ、ほら」

ずい、とストップウオッチを見せる。確かに50秒過ぎたところで止めてある。

「さっきの声は?」
「ふぇいくー!」
「フェイクってよぉ……誰に入れ知恵されたんだぁ?」
「? えんじぇがじぶんでかんがえたー」

――――霧江、俺達の娘の将来が恐ろしいのですが。

「ほらほらみつかったひとはりびんぐでまつー」

と縁寿に引っ張られる。力の強さが想定外だった。

「むー、お兄ちゃんみつけたかったのにー」
「悪かったなぁ俺で。ちくしょー」


留弗夫が縁寿に連れられていくのが見えた。あっさり捕まったようだ。

どうやらわざとでもないようだし、からかう恰好のネタが出来た。ああ見えて家族に弱い夫を、弄るのは存外楽しい。くすくす。

最後まで隠れきるなんて大人げないことはしないが、彼を追い詰める為にもう少し時間を稼ごう。

霧江はふと反対側の廊下を見た。

(――――あら)

戦人だった。
まさかまだ隠れていないとは。彼はこういうお遊びにも本気になるような少年だと思っていたのだが。

「……どの部屋なら入っていいかなー」
「……」

うろうろと周りを見渡す戦人。やはり他人の家という感覚らしく、遠慮しているようだ。

「――――やべぇ、ここでいいや!」

探しにやってくる縁寿の姿を見咎め、1番近い部屋に跳び込んだ。不運にもそこは、この家で一番彼が避けたかった部屋だった。

(あの部屋は――――)






「明らかにおかしいと思うんだが」

留弗夫が不平を垂らす。

もっともっと、と催促する縁寿に付き合ってもう十数回は繰り返した。そこは別に問題ではない。せっかく『家族』が揃ったのだから無理もない。が。

「目に見えぬ力が働いてるとしか思えねーんだが」
「そうなんじゃない?」

霧江がばっさりと切り捨てる。

まあ……確かに働いてるのだろう。
鬼が一回おきに回ってくるなんて普通あるか。つまり隠れる側の時は毎回真っ先に見つかっているのだ。

「お父さんがかくれるのへたなんじゃない?」
「(Σガーン)待て! 確かに上手いとは言わねーが霧江以外大差ないだろ!」
「あん? 失礼な話だぜ、なあ縁寿」
「しつれー、しつれー!」
「間違いなく俺を嵌める密約が交わされてるだろ…………」

霧江はとりあえず一抜けしたが、子供達からはその後もからかわれ続けた。

留弗夫は肩を落とす。じゃれあいの一環と考えれば微笑ましい事項なのだが、何ゆえに一家の大黒柱たる自分が槍先を向けられるのか。

よく考えればこの状況――――縁寿の誕生会で、戦人は招かれた――――を考えれば留弗夫以外いないのだが、虚しいものは虚しい。
というか切ない。子供の玩具にされてないか……? 自分。

「ほらほら、夕飯にするわよ。 ケーキ用意するから早く席について」

霧江のその発言が、天使の声にさえ聞こえた。


「え? お兄ちゃんとまっていかないの? えんじぇ、お兄ちゃんと一緒にねたかったのに」
「わりぃな。明日朝早くてよ……また今度、な」
「じゃあ、こんどはえんじぇとでーとしてね。ふたりで」
「いっひっひ、レディの誘いは断れねぇな」
「やくそくね!」
「おう!」

戦人と縁寿が指切りをしているのを、留弗夫達は数歩下がって見ていた。

一緒に寝たいだとかデートだとか留弗夫からしたら「戦人、許すまじ!」な会話だが、隣で霧江が娘の歳を囁き続けてなんとか平静を保っている。

「ああ、悪いんだけどちょっと親父と話させてくれねぇか?」

突如名指しされ、え!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。
お父さんずるい、と駄々をこねる縁寿を霧江が連れて行く。

「……で、何だよ?」

二人きりになることは、戦人の方が避けていた。
だから留弗夫の胸中は八割の期待と、残り二割の不安が渦巻いている。
それが言質に出てしまい、ぶっきらぼうになった声色。戦人が躊躇ったように見えて、しまったと思った。


「いやさ。俺、親父のこと勘違いしてたんだなぁと思ってさ」

予想より軽い口調で言われ、拍子抜けする。

「何がだよ」
「今までさ、自分勝手で独りよがりで女に見境がなくて―――ってこれは全然改まってねぇけどさ。……親父って、ただの馬鹿だったんだなぁ、ってよ」
「はぁ!?」
「んじゃな、シーユーアゲイン! 金持ち自慢するなら小動物でいいから縁寿に買ってやったらどうだ? 園児のプレゼントに現金はねーぜ!」

六年離れていても金銭感覚はどこかおかしいらしい。おかしいと思わない留弗夫はさらにどうかしているが。

「何だってんだ?」
「チェス盤、ひっくり返してみることね」
「霧江……」

振り向くと、したり顔でこちらを見る妻がいた。

「くすくす、鈍感さんにはヒントをあげるわ。貴方は今日、戦人君に来てもらう為にどうしたのかしら?」
「どうってよぉ。縁寿の誕生会に来いよ、って手紙送っただけだぜ?」
「それには何を書いたのかしら」
「だから、縁寿の誕生日だってことと、家に来いってことと、いつやるかってことだろ」

何が言いたいのかさっぱり解らない。
それは、戦人が言ったように自分が馬鹿だからだろうか。けれどそう言った息子の表情は軽蔑ではなくどこか晴れ晴れとした様だったように思う。

「ふぅ、じゃあサービスね。貴方の部屋の引き出しの上から三段目。今朝から開けっ放しよ? すぐ使うのだろうと放っておいたのだけれど」

引き出しの三段目。
確か重要な書類があって、早朝慌てて会社に置いてきた。その時に閉め忘れたのだろう。それが何か――――

待てよ、と思い留まった。否、思い至った。
あの奥には、確か。

「見に行ってくるのね。くすくす。貴方達、本当にそっくりな親子よ?」

霧江の声の話を聞き終える前に、留弗夫の足は自室へ向かっていた。
朝は閉めた筈のドアがゆらゆらと開いている。霧江の言葉を考えても、『かくれんぼ』の最中に戦人が入ったのは間違いないようだ。

どうして妻が何でも把握しているのかは考えないことにしている。霧江だから仕方ない。

「やっぱり、あいつ勝手に漁りやがって―――」

どうせ息子のことだから、不注意に歩き回って足でもぶつけて、腹いせに中を覗いたのだろう。

『チェス盤をひっくり返すことね』

霧江の言葉が蘇る。


無記名の封筒。
何の補足もなく、ただ並べられた数字の羅列。
同封されたブローチ。
あの日の約二年前にこの世を去っていた妻の、名前。

あのときは陰湿な嫌がらせと信じて疑わなかったけれど、もしも。
否、きっと、それは間違っていたのだ。


(何故自分の名前を書かなかなった?)
―――だって、自分からでは読んでくれないかもしれないから。
(何故、あの数字だけを?)
―――それだけで、思い出してくれることに賭けていた。
(明日夢の名前は)
―――不安だった。意味もない悪戯だと思われることが。

(あの、ブローチ、は………)

そこで、自問自答をやめた。はは、と自嘲気味に嗤う。

「せめてよぉ、誕生日だったらわかったんだぜ? なんで、よりによって命日に贈らせるんだよ………」

結局口をついて出たその疑問は、ただ自分が何もわかっていなかったことを、認めたくなかっただけ。

……。戦人は、チャンスをくれたのだ。
『さよなら』を言うチャンスを。『さよなら』だから、間違ってなんかいないのだ。

目を逸らして、逃げるように再婚した。一周忌に隠れるように日をずらして訪れた臆病な自分に、最後の最期に誠意を貫くチャンスを。

そして、一度だけ、もし自分がこのブローチをプレゼントするために明日夢の元を訪れたら、もしかしたら、息子は。

「間に合うかもしれないわよ?」
「……霧江」
「誤解も『一つは』解けた訳だもの」

そうだな、と微笑もうとした。その時、



「お父さん! にゅうぎゆうさんかってくれるってほんと? ばとらお兄ちゃんがいってたの!」



乳牛って小動物だったっけ? と、すぐに弾き出されるはずの答えを警戒体制で待ち受ける男が、そこにはいた。




End


――――


May.7.2010


紫苑様へキリリク品でした
本当に遅くなって申し訳ありません!!m(_ _)m

そしてほのぼのというリクにも関わらず、一部妙にシリアス……? 途中地の文のテンションがおかしな方向に行ってますがw
牛は思いっきり趣味です、すみません。

紫苑様のみクレーム(返品、交換、訂正)等無期限に受け付けますのです。

では失礼いたしました。

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