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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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山茶花梅雨の日に(トオリスガリ様へ)


リク内容『次男一家シリアス』



灰色のベールが掛かったようだ。
今日も生憎の空模様だった。この時期だから仕方ないとは言うものの、男子高生の中でもとりわけ活発な部類に入る戦人にとってはやはり欝陶しい。
雨粒が昇降口前のコンクリートに弾けて、そのまま排水溝に流れて行く。

――傘、持ってないや。

秋雨にしては少し強いけれど、この程度ならいいか、と戦人はお気に入りのスニーカーを片手に外へ向かう。外に出ても迎えなんて来ないのだけれど。

正直なところ、母親っ子だったのは間違いない。
こんな雨が続く日は、たまにわざと傘を忘れて学校に行って、母が迎えに来てくれるのを待っていたんだ。それを知ってか知らずか、苦笑しながら優しく手招きをした母。
それはもう、はっきりとは思い出せないほど、遠い遠い記憶。

「おーい戦人ぁ、お前傘ないのかよ。どうやって帰るんだ?」

そう尋ねるのはクラスメートの1人。
戦人は羽織っていたブレザーに手をかけると、

「上着頭に乗せて走ってくぜ」
「あはは、お前似合うなそれ! 学ランだともっと似合うんじゃね?」
「うるせー!」

からかう友人に舌を出して抗議する。
ゆったり歩いている余裕はないので、周りの連中に手を振って1人で走り出す。
いくら何でも男2人で相合い傘なんて、気持ち悪いったらないことはしない。それなら女の子に頼めばって?

(悪かったな、生憎そういう関係の相手はいねぇんだよ!)

行き交う傘の花の合間を駆ける。
水溜まりもこの際気にせず踏んづけていく。頭の上とズボンの裾が重たいがそれもこの際、だ。
おっと、あの高そうな外車の脇を通るときは、泥が跳ねないようにしなくては。

「おい」

鈍いだの空気嫁だの巷(?)では散々言われているが、そんなことは一切無いということをアピールしなくてはいけない。うん。

「おい戦人。おいってば」

低く、少し自分に似た、やけに聞き覚えのある声。
振り返って後悔した。可愛い女の子だったら大歓迎なのだが、これはあまり――否、全くもって良いシチュエーションではない。

「……親父」
「何だよお前、ずぶ濡れじゃねーか」

やっぱり気付かないフリをして通り過ぎれば良かった。やけに気取った車だと思ったら、これだ。
戦人は辟易した態度を隠そうとしない。

「そうだな。だからこんな所で足止め食らってないで早く帰りたいんだが」
「送ってやるぜ」
「ふざけんな」
「途中までなら良いだろ。そっからは傘貸してやるから歩いて帰れ。今から霧江達とメシ食いに行くからよ、付き合え」

その態度に遠慮や慎みはない。
傘が余っているならそれだけ貸してくれれば良いのに、と云おうとしたが、久しぶりに縁寿に会うのも悪くないかもしれないと思い直す。
昔から自分に関心の無い父が譲らない理由は、誘いを断られることが彼の矜持に障るということと、愛娘が駄々をこねるから。この2つだろう。

とても釈然としないので、2つと言わず4つほど返事をしてやった。
座席のシートが犠牲になるが、悪いのは留弗夫なので許してくれ。と口にださずに呟く。







「あ、お兄ちゃーん! お父さんおそい! えんじぇまちくたびれたんだからね!」

妹の第1声がそれだった。

「全くこの子ったら、戦人君に会えるって言って昨日からこうなのよ。ごめんなさいね?」
「……テメェ、アポぐらい入れろよ」

父親の誘いが偶然ではなかったことに、戦人は苦笑とともに額にほんのり青筋を浮かべる。
縁寿の手前露骨に罵ることが出来ないのが口惜しかった。

「アポ入れて成功した記憶が無いからな。いつもいつも逃げやがって」

胸ポケットから煙草の箱を取り出す留弗夫に、悪怯れた様子は無い。この野郎。

霧江達が待っていたのは近場の喫茶店だった。けして堅苦しくはなく、かといって品の無いわけでもない居心地の良い店だ。
店内にかかっている少し古臭い音楽に合わせて、留弗夫が鼻歌を歌いはじめる。
縁寿に引っ付かれた戦人と眼が合うと、留弗夫はしばし黙考して言葉を選んだ。

「お義父さんとお義母さんは元気か?」
「ああ、祖母ちゃんはちょっと具合悪そうにしてるけど、心配するほどじゃねぇぜ。祖父ちゃんは元気も元気さ」

最近さらに口煩くなって、と調子良く繰り言を連ねる。
昔から短気なところのあった祖父のことは留弗夫も良く知っている。もちろん右代宮の当主様と比べたら、遥かに穏便と部類出来るものだが。それでも祖母や母の穏やかさを思えば、そう著すに足りるだろう。

何だか満足げな留弗夫が縁寿の隣に――縁寿は戦人の隣が良いと主張するのだが、大人げなくも断固として――座る。
が、縁寿がデコピンを喰らわせるより先に、霧江が苦笑するより先に、再び腰を上げる。

「おおっと、車に財布忘れちまったぜ」
「くす、何やってるのよ。しっかりしてほしいわ。私、今日のお勘定は留弗夫さんをアテにしてるのよ?」
「もちろんお前に払わせるようなマネはしねぇさ。悪りぃ、ちょっと行ってくらぁ。うおっと!」
「いてっ」

留弗夫がその場から動こうとすると、テーブルの前に突っ立っていた戦人と肩がぶつかる。
身の丈が180もある大男同士なので、申し分もなく痛い。……わざとやったんじゃないだろうな。

「全く、慌てん坊さんね。1人じゃ心配だから縁寿も付いていってあげてくれる?」
「おいおい、人を何だと思ってんだ。……。喧嘩すんなよ?」

留弗夫と縁寿が席を後にする。
留弗夫の最後の台詞が誘因か、それとも2人が残された時点で必然だったのか。流れる空気は険悪とはまた違った、ただ、無性にいたたまれなくなるものだった。

「何も、そんな眼で見なくても」
「あら、私も随分顔に出るようになっちゃったわね」

霧江は余裕を見せながら、腕時計の文字盤を確認する。
「いつまでも座らないから気になって」とでも胡麻かすことは出来るのに。
堂々と開き直る霧江は、知的な笑みを浮かべる。

「俺は戻りませんよ。……今あるあんたらの家庭を壊す気なんてさらさらない。だって俺の家は祖父ちゃんと祖母ちゃんのところだけなんだから」
「それなら良いんだけど」
「だからもう、こうやって会う度に祖父ちゃんに吹き込むのは止めてもらいたいぜ」

霧江は答えなかった。
やめるともやめないとも言わない。それが事実だ。
彼女の望む結果になるのなら、どちらでも選ぶだろう。
自分の頼みで選択肢を狭めるような人ではないのだ。その場凌ぎの嘘をつかれないだけマシかもしれない。

「縁寿が貴方のことを気に入りさえしなければ、なにも憂慮することはなかったのだけどね」

霧江は、縁寿が会いたいとごねるから会わせる。
会えば縁寿は戦人にべったりで、本当は戦人の方も満更ではない。
縁寿に「お兄ちゃんと一緒に暮らしたい」と言われて、ぐらりとこない訳ではなかった。泣いてせがまれたときには出来る事なら叶えてやりたいとも思った。

――それ以上に意志が堅いだけで。

「でも、戦人君が賢明で安心したわ」

霧江が、釘を刺すように先手を取る。

……彼女は、他人だ。
父親の再婚相手で、妹の母。縁はあるけれど、それは直接じゃない。
否、その言い方も正しくないか。
彼女は部外者なんだ。戦人の中で「右代宮霧江」なんて人は、その他大勢の内の一人でしかない。
怨みとか、憎しみさえも湧かない。
だから、こんな風にへらへらと笑っていられるのだ。
彼女に疎まれることに淋しさも何もを感じないから。

「……すんません、俺帰ります。親父には適当に言っといて下さい」

それだけ云うと、戦人は踵を返した。――縁寿を宥めるのは霧江の仕事だ。
喫茶店を満たしていた古臭い音楽が、戦人の耳について離れなかった。






外はつい十数分前までしのつく雨が降っていたと言うのに、小さな軒先の下に祖父がいた。
どうしてこう間が悪いのだろう。或いは祖父の勘が呆れるほど鋭敏だということか。
柱に肩を凭れさせた姿で眉根を寄せる祖父。戦人はあくまで何事も無いように「ただいま」と笑い彼の横を擦り抜ける。

「戦人、お前は明日夢を裏切らないでくれるな?」

ずぶ濡れの制服には触れもしないで。やはり年寄りの勘は馬鹿に出来たものじゃない。

「……当たり前だぜ、祖父ちゃん」

本当は、彼等と会わないのが最善なんだろうな、と戦人は思う。
未だ信用ならない孫の動向に気を揉んだり、娘から夫を寝取った女の声を聞くことも無くなるのだ。
――どうしてそれが出来ないのか。

どちらの関係も壊したくない、なんて、長年2股――さすがに他に続いていた女はいないと信じたい――掛けていた父親も考えていたのだろうか。否、一緒くたにされたくはないけどな。
そんなことを考えて、戦人は雨の打ち付ける玄関先へ唾を吐き捨てた。それもやはり、押し来る濁流に流されて、消えた。

「結局傘、持っていかなかったのね。雨が止みかけていたから、受け取っていないことに気付かなかったんだわ」
「お兄ちゃんの傘?」
「――そうらしいわ。留弗夫さんが言うにはね」

どうして戦人が帰ったのかわからない縁寿は未だに不服そうに頬を膨らませていた。
霧江はぎゅっと縁寿の頭を抱く。

「壊されたくないって気持ちはね。多分、怨みや憎しみじゃなくて、恐れなのよ」

空はほんの少し晴れ間が覗いていた。きっとまた、薄暗い雨雲が乗っ取ってしまうだろうけれど。
それを告げるように、冬を誘う冷風が突き抜けた。





灰色のベールが掛かったようだ。
今日も生憎の空模様だった。この時期だから仕方ないとは言うものの、男子高生の中でもとりわけ活発な部類に入る戦人にとってはやはり欝陶しい。
雨粒が昇降口前のコンクリートに弾けて、そのまま排水溝に流れて行く。
――今日も傘、持ってないや。

懐かしい。こんな雨が続く日は、わざと傘を忘れて学校に行って、迎えに来てもらうのを待っていたんだ。

「おーい戦人ぁ、お前傘ないのかよ。どうやって帰るんだ?」
「だから上着を――って、あれ?」

他愛ない会話は、戦人の下駄箱の前で止まる。

「何だよ、あるじゃねぇか」
「いや、確かに俺の下駄箱だけどさ、持って来た覚えないぜ。誰かが間違えて置いたんじゃねぇか?」

戦人のお気に入りのスニーカーの手前に、薄緑の傘が引っ掛けられている。
……これ、自分の真下の奴らは、大層迷惑したのではないだろうか。

「シラネー。良いじゃねーか使っちまえよ」
「でもなぁ……。まあいいか」

そういえば、どこか見覚えがないこともないし。……恐らく気のせいだけれど、な。


――それはもう、はっきりとは思い出せないほど、遠い遠い記憶。





End


――――


November.27.2010


トオリスガリ様へのキリリク品でした
遅くなってしまい誠に申し訳ございませんm(_ _)m
3ヶ月ェ…

とっても盛り上がりの足りない話になってしまったかもです。すみませんっ><
盛り上げようとすると泥沼展開しか浮かばない私の頭をどうにかしたいです^^;

トオリスガリ様のみクレーム(返品、交換、訂正)等無期限に受け付けますのです。

では失礼いたしました。

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