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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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残り香(オリジナル)

以前内輪(某茶会)でやった、お題に沿って書いたお話。
お題は、 みかん・夏の陽気・女
……多分そんな感じだってはず。
どうしてこんな話になったかは私が一番聞きたい。
2時間位で書いたので色々破綻してます。いや期限は一週間だったんですけど基本なんでも後回しにする人間でしてry





煩いと思った。それならばわざわざ通わなければ良いと、正論を吐けばそういうことになるのだが、結局今日も足を運んでいた。
五月蝿いと思った。それならばその音に耳を貸さなければ済む話だが、やっぱり出来なかった。
自分がここで、何もせず茫然と時間を浪費している間に、木材は大柄で剛健な男達に次々と運ばれ、トンテンカンテンと釘の頭が撲殺されていく。創造とはこのようなことを言うのか、と関心した。

真っ黒な烏が、何れ屋根となる辺りでゆっくりと羽ばたいている。
黒だからまだ良いが……一度、自らの掌を見詰めてから、虚空を眺め、最後に目を細めた。



中年の大工が宛がってくれた折り畳み式の椅子に、淳は座り込んでいた。
噂をすればなんとやら、作業衣姿のその大工が、淳に歩み寄る。本人は気取っているつもりなのか八文字の髭を弄びながら、500mlペットボトルをひらひらと揺らす。

「ボーズ、烏龍茶飲むか?」
「いや、いらねぇっす。これがあるんで」

苦笑いを交えて返した。
淳は飲みかけのスポーツ飲料をくいと喉に押し込み、残されたプラスチック容器を片手で潰す。


「……一緒に汗流すか? 動きもせずそんな甘ったるいもん飲んでたら、健康に悪いぞ。気も紛れるだろうしな」
「遠慮しとくっすー。どうせすぐ邪険にするんでしょ? それに、親父達はもう十分ピンピンしてますんで」

この家――まだその形は取り戻していないが――が紅蓮に包まれたのが、約二週間前だ。
全焼。幸い感づいて逃げ出すのが早かった為、淳は無傷、両親も命に別状はなかったが、念のためにと長めに病院にいる。

「ほらよ。遅れたが見舞いだ。親御さんにくれてやれ」

白いビニール袋が宙を舞う。咄嗟に受け止めた袋の中を覗き、嘆息した。

「みかん、……きゅうり、もやし……。ケチり過ぎじゃないっすか」
「馬っ鹿、なんで俺が高えもん買わにゃならねぇんだ」

それはそうだ。以前から交流があったわけでもなし、普通、ここは自分が遜る可きなのだ。……だが、さすがに見舞いにもやしを押し付けられて、素直に礼が言えるほど人間が出来てはいない。
どう応えれば良いか。そう考えていたが、当の大工は気の利いた洒落のつもりだったらしく、困ったように頭をかいた。

その視線が、淳からその後ろに移る。

「おいボーズ、迎えだぞ」

迎え。両親は地元の総合病院だ。この辺りに親戚は住んではいないし、高校の担任は気にかけてはくれるものの別段行動を起こしたりはしてくれない。そもそも今は日曜の15時だ。この歳で迎えを寄越される時間帯ではない。
だから、淳は戸惑った。尤も黙考するより振り返った方が手っ取り早い。

鎖骨の下辺りまで伸ばした、艶のあるぬばたまの髪を揺らし、彼女は立っていた。人目を惹く面差しは相も変わらず、19という歳に似合わず無邪気な印象を受ける。

「――姉貴」

姉は、後生大事に包みを抱え、淳を手招きした。



仮住まいとして借りたアパートの、小さなちゃぶ台にコーヒーとココアと、戦利品――基、髭オヤジからの見舞いの品を並べた。もちろんコーヒーは姉――亜純の分だ。
あの後、彼女と共に両親の見舞いに行った。
そのときに野菜は渡したのだが、見事に突っ返されてしまった。当たり前だ。病室で食べるものではない。ちなみに、みかんはお披露目すらしなかった。


「大変だったわね、すぐ駆け付けられなくてごめんなさい。元気そうで安心したわ」

姉も、その報せを聞いてすぐにでも帰ってきたかっただろう。日本にいたならば。
亜純はこの春からスペインへ留学していた。
だから、休学やらなにやらの手続きに時間がかかったらしく、二週間というタイムラグが完成した。

「いや、姉貴の事情は分かってるからさ。姉貴がどうでもいいと思ってたわけではないことも。……つっても、心配だから急いで来てくれたんだよな」
「あら、淳も大人になったのね。壁に油性マジックで落書きしたり自分の玩具を他の子に貸すのを極端に嫌がったり、布団にユーラシア大陸描いてたのがつい最近のように思えるのになぁ」
「ちょっ、いつの話だよ! 特に最後!」
「あ、やっぱりオーストラリア辺りにしてほしかった? あと味噌はどこ?」

亜純は悪びれずからからと笑う。
……姉貴、自分が何を言ってるのか分かってないな。全くこの姉は、見目は同性も羨むほどだというのに、昔からどこかズレている。まあ、最近会ってなかったから懐かしくもあるが。

さすがに付き合いきれないと、無言で冷蔵庫を指差す。お飾り程度の小さなものだ。

「そうそうこれよ、合わせ味噌。きゅうりに付けて食べるのが好きなのよねー。やっぱり日本はいいわ」
「冷蔵庫、さっさとしめてくれよ……」

呆れる淳とは対称的に、亜純はぽんと手を叩いた。

「そういえば淳、さっきみかんだけは渡さなかったわよね。ははーん、あんた、最初から独り占めするつもりだったわね? 私が買ってきた羊羹物欲しそうに見ていたものねぇ。やっぱりあんたはまだ子供だわ、冷蔵庫の中のお菓子と清涼飲料水の割合見れば一目瞭然ね」
「スペイン帰りで羊羹買ってくる姉貴に言われたくねーよ。完全に羽田で買ったんだろ?」

それの何が悪いのよ、と亜純は小首を傾げた。
淳は息を吐き、畳に無造作に放られたビニール袋を漁る。その中から、橙色の果実を取り出して、亜純の目前に突き出した。

「やるよ。これ、熟し過ぎて赤っぽいだろ。軽くトラウマなんだよ、さすがにさ」
「……浅慮だったわね。謝るわ……」

亜純は心から申し訳なさそうに、静かにそれを受け取った。

「別に。俺はそうでも無いんだけどさ、親父達はあれでも火傷負ったからな。当分はこういう色は見たくないだろうさ」

邸内から飛び出して、ゆらゆらと揺れる紅を見た。周囲に侵食していくそれは、生きてるみたいで気味が悪かった。

「もう七月だって言うのにこのところ涼しいだろ? だから、あの暑さ……いや熱の方か。熱さが『正しい』ような気がしたけどな」
「こら。不謹慎よ、淳」
「……」

そうだな、と小さく頷いたのは伝わっただろうか。多分、間違った意味で伝わった筈。それでいい。
姉の少し色素の薄い瞳が、淳を真っすぐに見つめていた。
思わず眼を逸らし、表情を歪める。

――何がわかるのだろう。姉、いや、この女性に、一体何がわかるというのだろう。
こんな時しか帰って来ないくせに。

「いつ……帰るんだ?」
「明日の朝には帰るつもり。みんなの無事をこの目で確認できたし。本当は、お母さん達が退院するまでこっちにいたいけど……」

「……あいつらも姉貴に期待してるんだ、姉貴の頭なら絶対に夢を叶えられるだろうってさ。異論はないだろうぜ」
「はぁ。あんたは信じてくれないのねぇ」
「……ま、頑張ってくれ」

淳はにやりと口端を上げた。




寝過ごすしてしまったということは、あのあと眠ることが出来たらしい。
何時頃まで意識があっただろう。空も茜色に染まり始めた辺りまで記憶にある。

――理性に出来ないことも、同じ欲なら勝れるということか。
頑なにもう一つの布団を出さなかった理由は、完徹の言い訳だったのだけれど、必要無くなった。言い訳を論じる相手が帰ってしまったから。……帰ってしまった。姉の家はここじゃないらしい。

あんなにも姉の――亜純――の寝息が響く四畳間。亜純が高校時代から愛用していた香水の香り。
たまに漏れる寝言や、寝返りのせいで乱れた衣服や白い肌が煽情的で。

――近すぎた。
彼女の特別になるには、絶対的に近すぎた。

いつから亜純を女として見ていたのかはわからない。ただ、こうして結果があるだけ。

帰ってしまった彼女の残り香に、鬱々と瞼を閉じる自分がいるだけ。

……学校、行けそうにないな。
数カ月前までの自分はどうやって姉と同居していたんだ。早くから部屋が別だったのは幸いしたのだろうが。加えて今は、普段逢えない分余計に堕ちてしまったらしい。
部屋にいるのが落ち着かない。



「明日になったら、このアパートも燃えてるかもなぁ……」


End

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