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桜の花の浮かぶ水槽で

鯖も泳いでます

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右代宮家的学園祭の歩き方

※キャラ崩壊の危険性があります。
※真実に則ってなどいるわけがありません。





それは、1986年の親族会議より前の話。

「では行って参りますね、あなた」

今日は朱志香の学校の学園祭。
朱志香は準備があると言い、既に朝早くから登校している。
そして、PTA会長である夏妃もまた、六軒島から出発しようとしていた。

「ああ、行ってくるといい」

蔵臼はそれを、いつものように傲慢に見送った。

……。

「さて、我々も行くとしようか。紗音、嘉音。来たまえ」
「は? あの、どちらへ?」

ティーセットを片付けていた紗音が、尋ねる。
せかされることのない今日のような平凡な日は、紗音もミスをすることはなく、落ち着いて仕事が出来る。

「そんなものは決まっているだろう。……嘉音はどうした?」
「え、えぇと」

まさか、『嘉音くんは、あなたの愛娘の彼氏のフリして学園祭でぇとに行ってます♪』などと言えるはずもなく。

「ほっほっほ、お忘れですか、嘉音君は今日はお休みですよ」

どこからともなく現れた、熊沢が、助け舟を出す。手には当然のごとく鯖。鯖。

「ああ、そうだったか、まあいい。行こうではないか」
「で……ですからどちらへ?」

紗音が尋ねると、蔵臼は怪訝な顔をする。
まるで、分かって当然のことがわからない紗音を、馬鹿にしたような。……いや、まさにそうだろう。

「まったく。……朱志香の高校に決まってるだろう。今日、このタイミングで、紗音。お前には他に行き先が思いつくのか?」
「い……いえ」
「しかし、朱志香さんの学園祭に行くなら、夏妃さんと一緒に行った方が良かったのではないですかな?」

そこに、金蔵の診察――という名目――で来ていた南條が口を挟んだ。
尤もである。時間が合わないわけでもあるまいに、夫婦が別々に訪れる必要などどこにあるというのだろうか。

「何を言っているのだね。それでは意味が無い・……いや、私とてそうしたかったのだ! だが! 夏妃が、なつひがぁ……」

『PTA会長は母である私の役目。あなたはあなたのしなくてはならないことをなさって下さい。妻として、夫の手は煩わせるわけにはいきません』

「……と!」
「……」
「つまり、朱志香様の晴れ姿をご覧になりたかったのに、奥様に言われたので断念した、ということでしょうか……?」
「違うッ。無論、それもそうだが、違うのだよ……!私は、私は夏妃が……


夏妃が悪い男に引っ掛かったりしないかが心配なのだ……!」

そう、きっぱり……言い切った。見目だけは、当初と変わらず傲慢に。ものすごく鼻息荒く。
しかし、内容が内容なだけに、彼の弟妹達の感じているであろう、厭味成分・及び屈辱感等は、一寸も感じ取ることは不可能だった。

「は……はあ」

その返答が、紗音には一番適当に思えた。
それを快く思わなかった蔵臼は、真顔で更に解説する。

別に、夏妃が一人で六軒島を出るのは、滅多に無いとはいえ皆無ではない。
だが、それは大概今回同様朱志香のPTA総会関係であり、回りは既婚者、しかも殆ど女ばかりなのだ。

「だが今日は違うッ! 熟女好きの盛った男どもがワサワサ来るだろう学園祭なのだ!」

……。
学園祭に、偏見が有りすぎではないだろうか。

「な、夏妃さんなら、大丈夫だと思いますが・・・それより娘さんの心配しては?」
「もちろん朱志香も心配だ。どこぞの馬の骨にくれてやる気はない」

あはは、と紗音は少し後ろめたさを感じる。勿論後悔はしてないけれど。

「だが、朱志香は一応下界を知っている。対して夏妃は!?」

下界という表現はどうかと思うが……。

「奥様は、箱入りでございますからねぇ」
「その通り! 夏妃は箱入り娘で世間知らずなのだ。特に『そういう関係』については、無知でケガレがない!」
「そこに関しては旦那様にも原因があるかもしれませんね、ほっほっほ」
「何を言うッ夏妃はそこが可愛いのではないか!」
「はあ……」

――そんな尊大に惚気られても。
とは紗音と南條の思い。

熊沢はその様子を、完全に楽しんでいる。

源次にいたっては一言も喋らないどころか微動だにしない。
よって彼の心情を知るのは不可能。

「あ、あの、それで……どうして私と嘉音くんを?」
「ああ、一人で学園祭にくる男など怪しいだろう。夏妃や朱志香にバレる可能性がある。よって、お前達を連れていき、保護者ということでカモフラージュしようと考えたわけだ」

別に一人で行っても、学園祭では目立たないと思うが。
今の彼には多分、言うだけ無駄だろう。

「しかし……何と言ったら良いでしょうかね。蔵臼さんと紗音さんの二人で行くのも、それはそれでまずいような」

どう見ても親子に見えないだけに怪しい。

「他の使用人を連れて行くと言うのは?」
「却下だ。何故お前達を選んだと思っている」
「……何故でしょうか」

蔵臼は一度息を溜める。

「愚かだな、紗音。……お前達が夏妃とあまり関係が芳しくないからに決まっているだろう!」
「……は?」

紗音は、予想外の答えに戸惑う。
芳しくないから、連れていく?
(そもそも自分は蔵臼から見てそう思われていたのか……)

「例えば、恋音等を連れていったらどうだ?彼女等は夏妃を慕っている。それが、島の外で、気を抜いて、うっかり可愛いことしちゃう天然ななっぴーを見てしまったら!」

ツッコミ所がありすぎて、誰も逆にツッコめない。
とりあえず、恋音や眞音は下心があると思うのだが。

「これが郷田だったら……さらに惨劇は広がるぞ?!」
「わ、私はいけませんか!?」

郷田が厨房からジャストタイミングで戻ってきた。彼にとっては、グットではなくバットの方であるが。

「当然だ! 貴様は夏妃を狙ってるだろう! そんな奴に『萌え度5割増なっぴー☆』を見せられるかぁぁぁッッッ」
「ええぇぇぇえッ?!!」
「貴様、狙ってることを否定しないのか!? えぇい、お前は当分給料減額、雑用を増やした上夏妃に会えないようにしてやるッ」

一番やりたいのは最後のヤツだがな!
……という心の声がだだ漏れだ。

「ぇえッそんな、私は尊敬しているだけで……ああ、評価がぁぁぁぁ」

蔵臼の評価は正直どうでも良いが、この(意味のわからない)失態が夏妃に知られるのは、郷田に取って人生における大打撃以外の何物でもない。

「ああああぁぁぁ」
「……郷田さん……」

あまり相性の良くない郷田だが、この流れには、紗音も同情しないわけにはいかなかった。

「旦那様」

今まで、一分間に15回の瞬き以外何もしなかった寡黙な執事、源次が初めて口を開く。

「……何だ?」
「熊沢と、南條を連れていかれてはいかがでしょう。本家は私が責任を持って、お守り致します」

それは、蔵臼にとって盲点だった。
南條は使用人ではなかったし、熊沢は留守番だと勝手に決め付けていた。
しかし、正直言って留守なら源次で十分だ。
二人とも老骨だが、至極健康だし、激しい運動でなければ良いのではないか。

「……そうだな、南條先生、ご同行願えますかな。熊沢も来たまえ。無論紗音もだ」
「はい、旦那様」
「……たまには、そのような場所も良いかもしれませんな」
「ほっほっほ。仰せのままに。ああ、この鯖も賛成してますよ」

びちびち。

「……この鯖、まだ生きてたんですね。水からあげて熊沢さんがずっと抱いていたのに……」
「愛があれば不可能は無いのですよ。ほっほっほ」

びちびち。

「ほら、喜んでます」
「あ、本当」

微妙に、本当に微妙にだが、鯖の気持ちがわかったような気がしないでもない。

「何をしている! 早く支度をしないかッ!」
「はい! 申し訳ございません旦那様!」

などという悶着があり、学園祭には、蔵臼、紗音、熊沢、南條が向かう事になったのだった。

「わ、私は……?」

さあ? ここで処分待ち?

「・・・ッ」

あ、間違えた。処遇待ち。

「結局意味することは同じではありませんかあぁぁぁッッ!?」





「生徒代表、右代宮朱志香」

生徒会長として、朱志香が檀上での挨拶を終えた。

今日までに、右代宮家総力をあげて練習に付き合ってきたかいあって、朱志香は代表に相応しい……いや、右代宮に相応しい、風格を持った挨拶が出来た。
とはいえ、その練習は朱志香が自主的に始めたものではなく、夏妃が強制したのに使用人達が加わった形だったので、本人にしたら些か不満があったかも知れない。

それでも、父親として、この挨拶は誇らしいものだろう。
理由が理由だったので心配だったが、蔵臼は朱志香が檀上にいる間、真剣な眼差しを娘に向けていた。
そう、今も。……。

「旦那様? どちらをご覧になって……」

聞いてはみたものの、紗音にははっきり分かっていた。

来賓席。
その中には、PTA会長である夏妃の姿もある。

(えぇと、流れ的には……ある意味空気を読んだ事になるんでしょうか)

真面目な紗音。でもかなりズレてるのは本人には言わないほうがいいだろう。

「ああ夏妃……朱志香が立派になったの見て、思わず表情緩むなっぴー☆☆ もかぁいいぞぉ……」

周りが、白い目を向ける。
右代宮家の(世間的には)次期当主だと気付かれてないことだけが唯一の救いだった。

「……」
「蔵臼さん……」
(……こ、ここは私が空気を読まなくては)

妄想モードに入った蔵臼を、誰も止め(られ)ない為、紗音は自分がやるしかないと思いたつ。

「旦那様、そろそろ外に出てはいかがでしょう? 終わりましたし。ですよね南條先生、熊沢さ……え?」
「どうした?」

固有結界から帰ってきた蔵臼が、口を噤んだ紗音に問う。

「く……熊沢さんが、消えました」



三人は、早足で講堂を出る。
小学生の遠足ではないので、いちいち点呼など取っていない。
よって、もしかしたらかなり前にはぐれていたのかもしれない。

熊沢に限ってそんなことはないと思うが、何かに巻き込まれている可能性も僅かながらある。
……。いや。

「特別企画、鯖の安売りやってますよー!」

自分から面倒ごとに突っ走ってる可能性のが高いかもしれない、あの人なら。

「うわぁー! 絶対あそこにいるぞ、鯖の安売り!」
「いやはや。主人家の冷蔵庫にまで大量に蓄えておきながら、まだ鯖を買うつもりとは、驚きましたな……」
「何故冷静だ! いやまて! 家の冷蔵庫にいれているのか、熊沢はッッ」
「……というか、なんで学園祭で鯖売ってるんでしょう」
「そんな些細なことはどうでも良い!(右代宮家の金で)鯖買い占められる前にいくのだ! これ以上負債を増せるかぁぁぁッッ!」

(些細なんですか。普通売りませんよ、鯖)

兎にも角にもと、三人はなぜか物凄く大々的に宣伝していて、人垣が出来てる鯖売り場(?)に向かった。


「安いですよ~安いですよ~。新鮮な鯖ですよ~ほっほっほ」
「って売ってるの貴様かぁぁぁぁッッ!」
「ほっほっほ、某魚屋さんの値段からマイナス三割引きですよー」
「安くなってないです! むしろ増えてます!」
「しかも、この鯖、人の言葉わかるんですよ」
「あ、それは解ります」
「紗音……お前だけは常識人だと思っていたのに……」

そこには、あまりの色物企画に、これ、絶対来客数一位取れるよね? というレベルの客が集まっていた。
ちなみに、何故部外者の熊沢に店が開けるかは聞いてはいけない。
唯一の理由は熊沢が鯖の魔女だから、である。

「貴様のせいで夏妃を見失ってしまったではないか!」
「おや、私のせいですか?」
「当たり前だー!」
「すみません・・・あの、南條先生がいらっしゃいません」
「何!? ああもう紗音! これ以上問題に気付くなあぁぁぁ!」
「ええぇぇ!?」

先程の熊沢は妥当だが、紗音へは完全な八つ当たり。

「ほっほっほ。仲が宜しいことで」

原因である熊沢が高見の見物発言をした為に、余計に蔵臼を刺激して、結局わーわーと口論っぽくなった。
南條のことはすっかり頭から消えて。

そのうちに、南條が戻ってくる。

「すみませんな、少しはぐれてしまいまして」
「いや……すまなかった」

忘れていて。

「ってなんだその両手いっぱいのッ!?」
「ふぁ? ほれははひふぉどはった」 =これは先程買った

南條は口ごもる。
抱えきれなくなった屋台食の一つ、いか焼きをくわえたためだ。

「前言撤回! 全て自業自得だーッ」
「すみません……お腹が減ったもので」
「勝手に集団行動からはぐれて買い食いするな! だからメタボ体型なのか!? 医者なのにッ」
「それなら秀吉さんのほうが……」

その場はそれこそ、小学生の遠足状態になっていた。
なっぴー☆固有結界な蔵臼がまともに見えてくるほどに、だ。
……などと思っていたら。

「あ、奥様いらっしゃいました」
「何ッ!?」

紗音は悪意皆無の問題提起症候群なのだろうか。
敢えていうなら間が悪い。

「ああ……夏妃! 貴様ら! 早くしろ、なっぴーが行ってしまうだろうッ」
「むしろこちらに向かってますが」
「可愛い鯖をおいてどちらに行けと」
「もほすこひまっへくらはひ」(もう少し待って下さい)
「ああ、夏妃ー!」 

「旦那様が御館様に似てきている……」

『おおベアトリーチェーぇぇッ』 と日がな叫んでいた亡き当主を思い出し、「血って怖いなぁ」と遠い目をすることしか出来なかった。

さて。


熊沢→鯖
南條→食い気
蔵臼→なっぴー

へのヤンデレ愛に走ったため、紗音、只今絶賛中なのである。



「ねぇ、君、暇ぁ?」
「はい。……ぇ、あ違いますッ」

後ろを振り向くと、思いきりナンパだとしか思えない集団だった。

「暇なんだ、じゃあ一緒に」
「ひ、暇じゃありません! 全然暇じゃありませんッ」
「えー本当にぃ?」

焦りすぎた紗音は、パニック状態にに陥る。
焦ると姉さんはダメなんだ……と嘉音が言っていたが、これは焦る。落ち着くなんて不可能だ。

(嘉音くん?)

そこで紗音はぴん、と閃く。
そうだ、自分で言ったじゃないか。嘉音に。

「連れがおりますので!」

紗音はやった、と思った。が。

「連れ? どこに?」

(え……えぇ!? ク……クールになるのよ紗代!)

「あっちです、あそこにいます!」

蔵臼達のいる方向を指差す。が、そこはカオスである。先程に増して混沌である。

「鯖が喋らないとおっしゃる? 愛が足りないようですね……おいたわしや」
「愛ならある! なっぴーに! 鯖は関係あるまい!」
「お腹が減りましたな……その鯖、今捌きませんか。ダジャレじゃありませんぞ」
「タコ焼き食べてるだろうが!」
「鯖を食すなんて恐れ多い」
「おい待て昨日の夕飯は何だったんだ熊沢」
「すみませ~ん! 鯖3匹下さい」
「はいはい。大盛況ですね、ほっほっほ」

「「……」」
「……」
「あそこに連れ?」
「……。……あぅ」

正直に答えれば(色んな意味で)諦めてくれるだろう。
けれど、紗音にある少しの矜持が、それを僅かに躊躇わせた。
むしろ躊躇いが僅かなのは紗音だからとさえ言えよう。

「……違うなら行こうぜ? 暇なんでしょ?」
「い……え、違」
「何をしているのですか。校内の風紀が乱れています。……て、紗音?」
「奥様!?」

目の前には、いつの間にか夏妃がいた。

(そういえば、さっきこっちに向かって)

「オネーサンこのコ知り合い?」
「(お姉さん? 私、こんなこ達の姉じゃないですよ、大胆歳離れ過ぎです)……紗音はうちの使用人です」
「ならオネーサンも一緒に行きましょうよー。俺ら年上もイケるんで~美人だし」
「は? (どこへ? だから私は姉じゃ)」

(……旦那様馬鹿にしてごめんなさいあなたは正しかったです。学園祭って熟女好きのお祭りなんですね!!)

夏妃が視界に入った彼等を咄嗟に叱ったのは、カツアゲでもしていると勘違いしたからで、そうでないことがわかると、何が何だかわからなくなった。

「夏妃を離したまえ! 下郎どもが!」
「……あんたダレ?」

夏妃の危機(?)に、瞬時にカオスから抜け出た蔵臼が現れる。

「あなた!? 何故ここに!?」
「あなたァ?! まさかこのズラム〇カ、オネーサンの」
「夏妃は私の妻だ! (ズラじゃない! 〇スカは認めてやる!)」
「な……あなた達、栄光ある右代宮家次期当主に何たる暴言! 聞き捨てなりません!(意味はわかりませんけど!)」
「「右代宮の次期当主ゥゥ!?」」
「ああ、言っちゃった」

夏妃は何も知らないのだから仕方ないとはいえ、恐らくその後校内での右代宮のイメージは少々変わるだろう。
……尤も、朱志香は嬉しいかもしれないが。

とはいえ、自分達がナンパしたのが右代宮の次期当主の愛妻(生徒会長の母親とも言う)だとわかり、ビューンと音を立てて逃げ去っていった。

(……ヒールじゃないのに憐れな)

紗音はその背中を、同情心一杯の生温かい目で見守った。


「大丈夫か夏妃」
「……どうしてここに?」
「あ……いや、むむ」

怪訝そう、というよりは、純粋に疑問を投げかける夏妃に、言葉が詰まる。

(上目使い、可愛……)

そっちかよ。

「あーゴホン。正直に言おう。私は君が心配だったのだ」
(あ、本当に言った)
「……次期当主のあなたを辱める行動をとると?」
「違う!それは心配していない。夏妃は生真面目だからな。ただ、その、今のようなことがあるだろう?」
「はあ、何だったのでしょうね? 彼ら」
「……いやいい。本当の本当に正直に言う。私は夏妃と共に朱志香の学園祭を見たかったのだ」
「え……」

夏妃の頬が紅揚する。そうやら、この意味は理解したようだ。

「え……そ、そうですか……はい」
「奥様可愛いです」

無意識に率直な気持ちを口にすると、きっ、と蔵臼に睨まれる。

「そうか……夏妃と険悪なのは嘉音であって紗音は……く、迂闊。やはり郷田と同じく……ブツブツ」

後に、本当に処分したために『旦那様地獄に堕ちろ……』と事情を知らぬ嘉音にひそかに呟かれることになるのは別の話だ。事情を知ったら物理攻撃だろうが。

「あぁっ! 大変です、朱志香の舞台が!」
「舞台?」
「ええ……朱志香が主になって何かやるそうです。5分過ぎてます。もう入れませんね」

どうやら夏妃は、何をやるかは知らないらしい。
知らなくてよかっただろう。
喘息持ちの娘があんな激しく歌うなどと知ったら、夏妃は檀上によじ登ってでも引きずり下ろすに違いない。

しかしそれを知らずに、ただ娘の晴れ舞台を見てやらねば、と思っていた夏妃は、落胆する。
母親失格ではないか、とすら思う。

「奥様、申し訳ありません」
「いいえ、あなたの責任ではありませんよ」

せめて、初めから知らないふりをしよう。
知っていて来なかった、では、きっと朱志香は悲しむだろうから。
夏妃は、そう心に決めた。

「私からも謝ろう。すまない」
「何をおっしゃるのです、あなた! 私の不注意です」
「君は背負いすぎだね、もう少し楽にするといい」

夏妃は、それならあなたのほうが、重い肩書に相応しくあろうと気負っているではないか、と言おうとして、やめる。それは頑張る夫に失礼だ。

「……残り時間も少ないが、二人で回ろうか」
「はい、そうですね。あなたはそのために来て下さったのですから」

夏妃は蔵臼の腕に自らの腕を絡めた。



周りの目も気にしない。
そんな日があってもいいのです。

End

――――

November.3.2009

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